【不壊×三志郎】4-放たれた火矢が全てを嘗め尽くす迄の執行猶予
嗚呼滑稽だ酷刑だ
不壊の名は何の役にも立ちはしない
只壊したくない、壊せないだけだなんて。
擦れ違うぷれい屋が、独り言を口にしながら歩いていく光景。
恐らくそう見てえているのであろう、其の後ろ姿を追う形で、三志郎が視線を動かす。
「あれって、個魔と話してるんだよな…」
逆日本への入口の傍。撃盤を持ったぷれい屋達が、其の門が開かれるのを待つばかりの時間。草の生い茂る中へ手ごろな岩を見つけ、其処に腰掛けた三志郎が、仰ぐ形でフエを見上げた。
「フエには見えるんだろ、他の個魔」
「ああ」
兄ィちゃんには見えねェだろうがな、と、傍らのフエが答えた。
此度は入口が近い所為か、影の繋がる部分は尖った足先のみ。影の身をヒトを模る形に変え、腰掛けた三志郎の隣に立っている。
ふうんと小さく口にする表情を見下ろすのは、少しばかり意地の悪い表情だ。
「そういう兄ィちゃんだって、他のぷれい屋から見りゃあ、ぽかんと口開けて上向いて独り言喋ってるようにしか見えねェんだぜ?」
「ヤな言い方すんよな、お前…」
琥珀色がじろりと睨み上げてくる。フエは肩を竦めて唇を曲げて見せた。
見下ろす三志郎はふい、と視線を外し、少しばかり機嫌を損ねた旋毛までがそっぽを向いた。赤い視線で其れを眺めてやれやれと肩を竦ませ気にも留めない―――振りをする。
本当は、無としか表現しようのないこの内側で、燻り爆ぜどろどろと蠢く塊を抑えるのに必死だ。
出会った時から、ゆるゆると不穏な気配を漂わせていたこの心中は、燃え上がりこそしないものの、酷く危険な藁の山そのもの。触れれば崩れよう、しかし内側は確実に、炎によって舐められている。
三志郎が放つ、無意識の言葉の一つ一つが、今や爆弾そのものだった。認めたくは無い、認めたくなど決して無いが、少年の言霊はこの身には強すぎる。
声と言の葉。何故こんなにも響くのか―――其の理由を、知りたいとは思わない。
そう、知りたく無いのだ。関係無い、面倒臭い。壊したく、ない。
だから、此れ以上は何も必要無い。
兎に角悟られてはならないと、其れだけを肝に銘じた。
己はフエという名の『個魔』であり、少年は三志郎という名の『ぷれい屋』なのだ。
其れ以上でも、其れ以下でもない。
あってはならない、他の感情など―――
「別に、他の奴のことはいいんだよ」
三志郎が、少しばかり拗ねた声を上げる。声を引鉄に、フエの眉間の皺が少しばかり減った。
取り戻した現状を把握、そうだ今は逆日本への入口近くで、げぇむの始まりを待ちながら、他愛も無い雑談をしていただけだ。
三志郎の傍にいると、どうしても、要らぬ考えが浮かび上がってくる。狂いっぱなしの調子に新しく眉間を寄せ、フエはやれやれと他人事のように嘆息した。
「フエ、聞いてんのか?」
「ああ、悪ィ。全然聞いてなかった」
「お前は…ッ!!」
思ったとおり、解りやすく感情を形にして、三志郎は唸った。
ぐっと寄った眉、大きな瞳が燃える。睨めつける視線―――否、何も、思わない。
瞳を細め視線を外すと、ああもう!と、叫びながら、小さな掌がフエの外套を掴んで引き寄せた。
「俺はフエと話してんだよ!他の奴にどう見られたって別に構わねぇって話をしてんの!」
解ったか!
と、元気のいい口が言う。目の前で。
岩の上に立ち上がった三志郎が、いっぱいに腕を伸ばして、フエの胸元を引き寄せて。
五センチと無い距離、瞳が、ぎっ、と、フエを強く見つめた。
「兄ィ、ちゃん」
ああ、今のは声になっていたか?
何よりも何時もよりも近い声、距離―――此れ以上、与えないでくれ。
受け止め切れる訳が無い。かわす事も零す事も捨てる事も。
得意だった筈だ。軽くいなして遠ざけろ。
決して悟られないように―――
「兄ィちゃん」
「あんだよ」
不機嫌に返される、視線は返さず、何時もの声の心算で吐いた。
「すげぇ注目浴びてンだが」
瞬間、言葉に目の前の琥珀色がはっと瞬き。
其の侭視線をぐるりと回すと、他のぷれい屋達が動きを止め、叫ぶ三志郎を眺めていた。
当たり前だが、フエの姿は彼らの眼には映らない。いきなり大声を上げて岩の上に立ち上がり両腕を上げているようにしか見えない筈だ。
「え、あ、あははは…」
目を丸くする彼らと三志郎の間に、乾いた笑いが空しく響く。
胸元を掴まれた侭の手を、フエはこの隙にさり気無く払って、すうと影の中に半分程引いた。
「いやはや、兄ィちゃんがそんなに目立ちたがりのぷれい屋さんだったとはね。どう見られても構わねェってのは、こういうことか」
「う、うっさい!元はといえばお前が―――」
「あー、解った解った。解ったからあんま大声出すんじゃねェよ」
でないと、今度は白けた視線を浴びる事になるぜ。そう付け足すと、三志郎は未だ言い足りなさそうに口の中でぶつぶつと文句を言いながらも、おとなしく岩の上に座り直した。其の頬が若干赤いのは、人目に晒された羞恥心からだろう。
耳まで赤く染まった、耳朶に一瞬だけ視線を奪われ、しかし直ぐに視線を外し、フエは肩を竦めた。
「格好悪ィな、兄ィちゃん」
「お前が人の話聞かないからだ」
俺はお前と話してたんだぞ、と、臍を曲げた三志郎が影を睨み付ける。
「見えてるとか見えてないとか、関係ねぇもん。俺にはフエが見えてんだから、此処に居るんだから、いいんだ」
―――油断した。ぐ、と、一瞬詰まる。
また、不用意にこんな言葉をこの子供は。
何度目になるか解らない、深い言霊は無意識だからこそ始末に負えない。息を吐いてから、フエは努めて面倒臭そうな声を出した。
「…ま、他の連中も個魔の事ァそう思って喋ってんだろうよ」
「個魔とかじゃなくて…!」
「おっと、御喋りは此処までだ」
何かを言いかけた言葉を遮る、フエの声と入口が開く音が、ぴたりと重なった。
曇天の空を引き裂いて、光が射す。包まれてゆく少年少女に漏れず、三志郎の身体もまた、眩い光に包まれた。
幸いと影の中へ、現し世の裏側―――柔らかい手も強い言霊も弾く場所へと身を潜める。
此れ以上、この話題を続けるのは危険だ。単純な三志郎ならば、げぇむが始まれば雑談の内容など、すっかりと忘れてしまうだろう。
一番触れてはいけない扉に、差し込まれかけた鍵。
引き抜いて、何処か遠いところへ隠さなければ。
「フエ、話は終わってねぇぞっ!」
光の中で、三志郎の声だけが響く。
炎が舐める。内側を少しずつ。
フエは強く眼を閉じて、冗談じゃねぇよと、闇の中で吐き捨てた。
例え、沈黙が生み出すのが、苦く息苦しい空気だとしても。
何一つ、今の侭壊したくは無いのだ。