【悪友】ぼくらのZucker戦争

 ドイツの民の癖は彼らの癖そのままである。
 と、よく理解できる動きで茹でた芋をぐしぐしと潰しながら、プロイセンは食べ物を詰めているのではないというのに盛大に頬を膨らませていた。
「つまらなそうな顔で人の作った食事を食うな」
「うるせえ。俺様はご機嫌が斜めなんだ。気を使え」
「理由もわからないというのにどうしろと言うんだ」
 こちらも同じく、丁寧にそして容赦なく芋をほぐしながらドイツが言う。塩胡椒の加減は申し分ない。肉の焼き加減もほどよく、プロイセン好みの料理の味に仕上がったつもりだ。だというのに不機嫌な顔を正面に見ている。
 行儀悪くテーブルに膝をついた彼と目が合い、すぐに紫の瞳は逸らされた。
 仕方なく、ナイフとフォークを置き、ドイツは話を聞く体制を取った。
「何があった?昼間はフランスとスペインに会いに行ったのだと聞いていたが」
「行った。今回はスペインちで昼飯食った」
 そこでアラビアータを食べたのだ、とプロイセンは言った。
「アラビアータ? スペインの家でか?」
「イタリアちゃんのお兄様が作ったんだ」
「ああ」
 なるほど、とドイツは頷いた。あの不器用な青年が作ったものだったか。だとしたらスペインでパスタを食すのも頷ける。イタリア兄弟のうち、ドイツと親しいヴェネチアーノはあのぼけぼけとした様子で美味い食事を出してくるが、ロマーノはそうではないらしい。
「あのスペインがよく、ロマーノの手が掛かったものを他人に食べさせたものだな」
「美味すぎるから食わしてやる、とよ。そんで期待して食ったら、滅茶苦茶辛くて」
「それで機嫌が悪いのか?」
「違えよ。イタリアちゃんのお兄様の飯食ってなんで俺が腹立てるっつうんだ! 問題はその後だ!」
 曰く、一口食べた途端に難しい顔をしたプロイセンとフランスに、口を尖らせたロマーノがスペインの後ろに隠れて、『不味かったらそう言えちくしょーこのやろー』と呟いた途端に、スペインが、『何言うてんの!俺の育てたトマト使こてロマーノが一生懸命作ったんやで?不味いはずないやんかー安心しいやー!』とその場も忘れてそれはもう熱烈に頬擦りと愛情表現を始めたらしく、食事は辛いんだか甘いんだか解らない状態に陥ったのだという。
「フランスの野郎は味のおかしいもの食いなれてっから、とか小声で言いながらあっさり完食してやがるし。それだってのろけじゃねえか」
 ぶつぶつと文句を言いながら、潰した芋をがつがつと口に運ぶプロイセン。その頬にマッシュポテトと化した食べかすが付いていたのを取ってやり、ドイツはなるほど、と頷いた。
「他にはあるのか?」
「ある。その後フランスが持ってきたマドレーヌがもたれるほど甘かった」
 食べ散らかした皿の上に食器を捨て、プロイセンはそれこそロマーノのように口を尖らせた。この分だと残した食事を食べるつもりはないのだろうと思い、ドイツはさっとテーブルを片付ける。手早く食器を下げ、食後のコーヒーをいつもよりミルクを多くして差し出す。プロイセンは無言で受け取り、まろやかな味のそれに口をつけた。
 話の持っていき方からすると、恐らくこの次はイギリスがらみだろう、と思ったら、まさしくその通りだった。
「今回は甘いって文句言ってやったら、イギリスの好みの味だから、だとよ!」
「そうか、イギリスは甘党なのか」
「どうでもいいだろそんなの。そりゃああいつの作るもんだから不味くはねえよ。不味くねえけど、そっから始まった『女王様』の話が長ぇんだよばかみてえに!」
 またまた曰く、『お兄さんのお菓子がおいしいのは愛が詰まってるからなんだよ』『だからあのイギリスだって俺が手作りで持っていったものはそれはもう幸せそうな顔で食べるね』『むしろそんなお前を食べちゃいたいってくらいにさ』だという。その後ののろけは一時間に渡り展開され、ロマーノを膝に乗せたスペインが負けじと目の前のロマーノの可愛さを語りだし、殴られ、結局その甘ったるい会話劇は三時間続いたのとのことだった。
「…途中で席を外せなかったのか?」
「動くなよく聞けいかにかわいいかお前に教えてやる、とかぬかしやがって!拷問か!」
 ロシアにいた時だってあんなに酷い扱いを受けたことは無い、とさりげなく重たい言葉を吐いて、プロイセンが飲み干したマグカップをテーブルに置いた。完飲されたそれをドイツが注ぎ足していく。今回はミルクはいらなそうだと判断しブラックで渡すと、香りを楽しんだのか少し表情が和らいだ。
 自分の分のコーヒーにも口を付け、ドイツもまた一つ、ため息をつく。
「まあ、何だ、大変だったな」
「全くだぜ。その上あいつら俺に、お前にはそういうのはなさそうだなんて言いやがる」
「…それは俺のせいなのか?」
「そうだ、お前も悪い。ああいう時に対抗できるような日常を俺に寄越せ」
「俺に頬を赤くして愛らしい仕草や反応しろと求めるのか、お前は」
 滅裂な応えに思わず苦笑する。するとプロイセンはあーあ、と大きく不平を口にして、ダイニングチェアの背もたれを思い切りしならせて伸びをした。
「解ってるっつうの。お前にそういうのを期待するのは間違ってんよな」
 お前はかわいいけどそういうかわいいじゃねえし、という言葉は、取り合えず聞かなかったことにした。
 むっつりと口を閉じるドイツを眺め、そしてもう一度、あーあ、と同じ呟きが天井へ。
「イタリアちゃんがうちにいたら、あいつらを言い負かせるね絶対」
「……………」
 それに応じる舌をドイツは持っていなかった。プロイセンはヴェネチアーノをそれはもう可愛がっているが、砂漠でパスタを茹でたり手榴弾のピンの方を投げたり白旗を大量生産したりするのをいちいち叱るなり注意するなりしたことがない者しか言えない言葉だ、それは。
 そんなことを考えていると、目の前のプロイセンが背もたれに寄りかかったまま、うつらうつらと船を漕ぎ始めた。
「オスト、寝るなら部屋で寝ろ」
「おーう」
「風呂はいいのか?」
「はいる…」
 でも眠い、と、不機嫌にまどろんだ声が返ってきた。出掛けて帰って来た時の馴染みのパターンだった。
 疲弊した国から国ではない存在へ。そんな顛末を持つプロイセンは、普段の物言いやテンションからは考えられないほど身体が弱い。彼の友人であるスペインにフランス、交わりが長いオーストリアとハンガリーあたりは知っているだろうが、世間一般で思われているほどプロイセンは丈夫ではないのだ。
 ドイツは静かに席を立ち、半目で口を開けたままのプロイセンをさしたる苦労もなく抱え上げた。薬湯はどうする、と問いかけると、なんでもいい、と答えが投げられる。
 確かKamilleの薬湯がまだ残っていた。あれは安眠とリラックスの効果があったはずだ、今のプロイセンには丁度いいだろう。鍛えられた両腕には全く苦にならない軽い身体を抱えて、ドイツはダイニングを後にした。

「…つうわけで、そっけねえのあいつ。まあ期待してねえけどよ」
『…………へえ』
 後日、此度はフランスの庭で昼過ぎのティータイムを楽しみながらそう文句を言ったプロイセンに、フランスとスペインはたいそう生ぬるい返事を返した。
 勝敗はないので負けた、だとかそういうことは思わないけれど、そう、なんていうか、慣れって怖い。そんな気分だ。
「あ、言っとくけどお前らが別にうらやましいってわけじゃねぞ?」
 誰よりも甘やかされている男は、そうしてまた弟分への不平不満を口にする。
 ああそうなんだーふーん、と、フランスが棒読みで答えた。スペインは触発されたのか、うわあんロマーノー!と、ここにはいない可愛いMi amorの名前を叫んで突っ伏してしまう。
 そんな二人を不思議そうな顔で眺めながら、プロイセンは首を傾げた。
 今回は美しい薔薇を模ったビターテイストのBiscuit de Savoieが白亜のテーブルに並べられていたが、それをぱくついているのは一人だけ。恐らくきっと、今の話を聞いたあとでは胃がもたれるほど甘く感じるだろうから。