【仏英】Allo Allo

これの仏英視点です。


 薄闇でも金色の睫が輝いて見える。少し濡れて、それがまるで蜂蜜のようだ。
 舐めたらさぞかし甘いのだろう、とフランスは思い、ああ俺いますごくしあわせ、とも思った。
 カーテンの隙間から差し込む明りは薄ぼんやりとしている。曇天というほどではないが、雲の向こう側から差し込んでくる陽光はすこしぬるい。
 怠惰な昼下がりには似合っている。傍らで丸まって眠るイギリスを眺めて、そう思った。
 休日をあわせるのにどれだけ苦労したことか。無理やりこじつけた分明日はきっと寝る暇もない。イギリスもきっと同じだろう。損をした、と思われないように、それはもう昨晩から現在、そして今日が終わるまでに至るまでのサービスは万全だ。万全にしても、この女王様は決して満足した笑みを浮かべないのだけど(皮肉な笑みは別として)。
 本当は朝きちんと起きて、寝ぼけたイギリスを焼きたてのトーストの香りで起こして差し上げようと思っていたのだけど――それこそ、この金色のまつげみたいな蜂蜜を添えたやつで。
「…あー、昨日がんばりすぎちゃったみたい?」
 囁きよりも細くした声での独り言。顔がにやけているのはよくわかる。大丈夫お兄さんにやけててもかっこいいから。
 しかし、いつまでもこうして至福の時間を過ごしているわけにもいかない。ブランチにも遅い時間だが、夕食の仕込みを開始する時間と考えれば、早すぎることはないだろう。その前にイギリスが起きた時のことを考えて何か軽く腹に入れるものを――と考えていたところで、サイドボードに振動音が響いた。
 バイブレーションは硬いボードの上でやかましく鳴く。イギリスが音で起きてしまわないよう、フランスはあわてて携帯電話を手に取った。
 ぱちりと開いて確認。着信元に、プロイセン。
「……………」
 沈黙して、悩んだ。
 あーこの前アドレス教えたっけ。しかし向こうからかけてくるのはもうちょっと時間かかると思ったんだけどなああいつ意地っ張りだし。出てやんないと落ち込むだろうなー…でもイギリスが居る時は出ないっつっといたし無視してもいいか?いやあとから面倒くさいことになりそうだ。スペインに笑顔で薄情やわーとか言われるのもやだな。イギリスはー…ああ、よく寝てるな。くそこいつ寝顔やたら可愛いくせに半開きの唇がえろいってもう誘ってる?ねえ誘ってるよね?って違う違う、それはまた今晩のお楽しみだ。
 と、考えているうちに切れないかな、と思ったが、携帯は我慢強く振動していた。仕方ない、出るか。
 通話ボタンを押して耳に当てる。小さな声で挨拶。
「アロー。みんなのフランスお兄さんだよー」
『お、おう、フランスか?』
 遥かドイツのベルリンあたりからかかってきているであろうプロイセンの声は、一瞬、妙な間があった。緊張してやんの、と昔馴染みの悪友に、フランスは口元だけで笑う。
「他に誰がいんの。こんな美声で誰隔てなくご挨拶をしてあげる優しい男は俺しかいないね」
『黙れ。あー… 今、いいか』
 うん?と思った。疑問はそのまま口へ。イギリスのこともあるので、あくまでも小声で、だ。
「んん、ちょっとなら。てか、今いいかなんてそんな相手の都合に合わせるなんてこと、お前が言うとは思わなかった」
『お前みたいな性欲と無駄毛しかない男に気遣いをしてやる優しい男は俺しかいねえよ』
「言うじゃない。で、何?」
『明日お前んちでフルコース食うことに決めたから、俺様とアホスペインの分を用意しておけ』
 どうやら、プロイセンが会話に詰まったのは最初だけのようだった。常のとおりの応酬が続く。不意に隣で、イギリスが、ん、と小さく声を漏らして身じろぎをした。起きたのではなく、ただの寝言のようだ。はさりと額にかかった前髪を優しく梳いてやりながら、フランスは苦笑いした。
「お前ねえ…迷惑とか考えねえの?」
『この俺にご馳走できることを光栄に思えよ。肉はあんまいれんじゃねえぞ。もたれる。Kartoffelメインにしろ』
「お前どんだけじゃがいも好きなんだよ。やだよぐっちゃぐちゃに潰されるの見てて気分わりいもん」
 第一じゃがいもメインのフルコースって何だよ、と、フランスは喉の奥で笑った。その間にも、眠る女王様をあやすのも忘れない。指先で梳いて手のひらで軽く額をなでてやると、イギリスは気持ちよさそうに口元を緩めた。うん、すごくかわいい。自分の口元も緩んだ。
 その緩みが手の動きの緩急を乱したのだろうか。伏せたはちみつ色がぱさぱさ、と瞬いて、その向こうからまどろんだエメラルド色が覗いた。しまった、起こした。
「ふらんす…?」
 その呼び方があまりにもとろけているので、思わずなあに、と、底抜けに甘ったるい声で返事をしてしまった。イギリスの声はかさかさにかすれている。寝起きで喉が渇いているのだろう。
 ああ水差し、と思ったところで、片手は額に、片手は携帯を握っている。耳から、今の声を聞かれたらしく、プロイセンがなんだその声は的なことをわめいている。うん切ろう電話切ろう。
 そこで、ぱちん、と音でもするかのように、イギリスの目が大きく開いた。
 そして見る。フランスの顔と、電話。と、額に置かれた手。
 途端、イギリスは顔を真っ赤にして――恐らく羞恥よりも怒りからくるものだろう――シーツを跳ね上げてベッドを飛び出した。まずい!
 あーちょっと待って、と一方的に告げて、フランスは携帯をサイドボードに置いた。床に散らばった服をかき集めて部屋を出て行こうとするイギリスの腕を、しっかり、しかし痛みを与えはしないように捕まえる。
 捕まえた瞬間、イギリスは弾かれたように振り返った。こんな時でも、ああそのエメラルドが綺麗だと思ってしまう。
「放せよ、もう帰る!」
「何言ってんの、ちょっと電話してただけだって――拗ねんなよ。それともさみしかった?」
「っざけんな変態!放せばか!死ね!」
 うわーちょっと死ねは酷くない? と思いつつ、フランスは決して手を放さない。放したら本当にイギリスは帰るだろうし、放せ放せという癖に、そうした瞬間にものすごく傷ついた顔をするに決まっているからだ。
 もうどんだけひねくれてんのこのツンデレ紳士。だがそんなところに惚れてしまっている自覚があるので突っ込まない。絶対に放さないし、甘やかすことをやめるつもりもフランスにはなかった。悪いのは全部俺だからごめんな、と言うと、イギリスは面食らった顔をした。その隙に腰に手を回して、少しばかり強引にベッドへ連れ戻す。ぐしゃぐしゃに丸まったシーツの上に座りイギリスを引き上げると、顎に容赦ないアッパーを頂いてしまった。
「放せっつってんだろこのワイン野郎!」
「だーかーらー、坊ちゃん今放したら帰っちゃうじゃない」
「帰るから放せっつってんだよ! 人が寝てる横で電話してんじゃねえうるさいんだよ!」
 アッパーの次に繰り出されたフックを、今度は手のひらで受け止めた。そのまま手の甲に恭しくくちづけ。イギリスの頬にさっと赤みが増すのが見えた。効果覿面なのはよく分かっている。きれいな甲の、筋の上に押し付けた唇にひやりとした温度を感じた。怒っていても、末端まで熱がいかない。冷え性なのだ。
 その冷たい手を取ったまま、腰にまわして離していない手で滑らかな臀部を撫でた。ひゃ、と小さな悲鳴。
「起こしちゃってごめんなー。今切るからちょっと待ってして?その間ずっと触っててやっから」
 意図的に甘やかした声は、自分で聞いていても分かるほどひたひたのでろでろだ。撫でた肌につられて昨夜を思い出す。打ち込んだ熱と摩擦の熱。あの時は指先まで熱くなっていたのだけど。
 そう思いながら肉の薄い尻を経て、入り口に触れる。軽く押し開くと、乾ききらないとろりとした感触が指先を濡らした。ああもうすっごくいやらしい。
「うわちょやめっ……!」
「ん、昨日のまだ残ってる。後できれいにしてやるな」
「ばかお前、そん、ぁ、や…!」
 罵声にも力が入っていない。膝の上で、イギリスが背中をひくんと反らせた。膝がかくかくと震えているのも、耳が赤くなっているのも、フランスには全て見えていた。イギリスが抱えていた着衣の類が邪魔だったので、それとなく退かして床に落とす。隠れていた場所があらわになり、重なりそうな互いの腹と腹の狭間で、寝起きだから、といういいわけが通用しないくらいに、色の薄いそれが反応しているのが見えた。自分もまた同じだけれど。
 ちらりと瞳をあわせると、怒りは和らいではいなかった。だが上塗りする形で、気分は盛り上がっているようだ。
 上々の反応に心の中でガッツポーズ。と、すっかり忘れていた携帯の存在が目に付いた。通話口を上にして沈黙を保っているそれは、まだ通話中のカウントが表示されている。
 手を放すわけにはいかない。遥かベルリンのプロイセンに聞こえるように、フランスは口を開いた。
「あ、プロイセン? 悪いけどあとで掛け直」
 ブツッ。
 切れた。
 あー、と思う。そしてすぐに、まあいっか。と頷く。大事なのは友人ではなくいとしいいとしい女王様だ。
 意識の照準を一瞬でも外したことを詫びるように、フランスはイギリスの耳朶に唇を寄せて、ごめんね、と詫びた。
「次からは絶対誰からかかってきても出たりしないから」
「っ…知るか…!」
「許してくれる?」
「ああもうっ…分かった、分かったから、耳元で喋んな!」
 耳孔を通る息にぞくぞくと反応して、イギリスが折れた。許したというより許さざるをえないのだろう。耳が異常に弱いことは知っているし、声を好まれていることもまた、よく知っているのだ。
 なしくずしのお許しを得て、フランスが笑う。メルシ、と囁くと共に耳朶に短いキスを送ると、先程よりもいっそうあからさまな悲鳴が漏れた。通話が切れたことも原因のひとつだろう――まあ、こんな声自分以外の誰にも聞かせたくないけれど。
 向かい合う形の姿勢を少し正して、俯こうとするイギリスの額に額を押し当てて目を合わせる。さっ、とエメラルドがそれるのがたまらない。
 押し開いたままの尻肉の狭間を、濡れた指でつうと辿る。あ、と漏れる高い声。
 ――本当は、食事の支度をしようと思ってたんだけどなあ。
「なあ、イギリス」
「な、んだよ」
「きれいにしてからからするのと、してからきれいにするの、どっちがいい?」