【V×W】do’nt say xxx!

 与えられた部屋を空にして、Wは私物よりも慣れ親しんだ寝台に脱いだ靴を投げ出した。
 適当に足を投げ出して腰を落とす。靴の片方は極彩の敷布の上へ、もう片方は一度弾んで毛足の長い絨毯の上へ。青い瞳が其れを追い、更に視線は其の侭上目遣いに横移動していく。
 辿り着く先にはVの横顔があり、突然の訪問――などと穏やかに呼べる代物ではないWの来訪に見向きもしていない赤い瞳が、無表情に、広げたカードを見下ろしていた。その傍らに、生命を持たぬ機械の獣が緩やかに身体を丸めて眼を閉じている。
「おい」
 機獣の腹に寄りかかるようにして、此方を見向きもしない男にWは不機嫌な声を投げる。
「おいこら、野蛮人」
 棘を隠しもしない声で呼びつけるが、Vは視線すら寄越さない。此処にWが居ること其れ自体を、意識の底から完全に排除している横顔だった。
 ガルドの序列に従い、上位の者は下位の者の所有する物質へのあらゆる鍵を持ち合わせている。指先一つで意の侭に開錠できる権限でもって、WはVの自室に我が物顔で這入り込み、彼の為だけの快楽を気ままに摂取しに訪れるのだ。
 初めこそ拒んだものの、回数が両手の指を越える頃にはVも面倒になり問答を止めた。その代わり、このように無視をする方法を選ぶようになった。その選択が、脳内が幼子であるWにとって一等効果的であることを見越した上で、だ。
「テメェ、僕が来てやったのにこっち向かないとかどういうつもりだ!」
 涼やかな表情でカードを捲るVへ、Wが手元の靴を投げつけた。首を少し動かしただけで、Vは其れをいとも容易く避ける。
 余計に腹立たしかったのか、Wは苛々と爪を噛んで――もう片方の靴を思い切り、広げたデッキの上に投げつけた。
 がつん。ばさり。
 Vの手がぴたりと止まる。散らばったカードから、赤い視線が逸れた。
「…貴様」
 ようやっと口を開いたVに、更にもう一撃が加わる。どう、と、肩が肩とぶつかる音。
 鼻の先にWの笑みが迫っている。白い爪先がカードを踏みつけ、Vの上へと思い切りなだれ込んでいた。
「やっとこっち見やがったな、クソ奴隷」
「退け」
 Vの発した静かな怒声――低く、苛立ちを含んだ声はWの唇を更に吊り上げさせる。膝と尻と外套で、広げていたデッキを滅茶苦茶にしたのだ、さぞかし腹が立つだろう、と解っていって彼はやる。わざとであろう、膝で蒼神龍スペル・グレートブルーを踏みにじると、褐色の手が、向かい合ったWの手首を思い切り掴んだ。そのまま捻り上げる。
「退けと言っている。其の耳は飾りか?」
「テメェにそっくり返すぜ。何回呼んでやったと思ってんだよ」
「貴様が口にする呼び名は俺を指す言語ではない。応対する必要など無い」
「むつかしい言葉でしゃべんな。また野蛮人語か?」
 きりきりと腕を捻られながら、Wはさして痛みも気にせずに、更に唇を吊り上げた。其の様子を眼にし、Vは短く舌を打つ。
 Gによって施されたあらゆる『再教育』の賜物か、痛みに慣れたWの身体は力で屈服させづらい。其のことを、Vは不本意ながら知っている。なればこそ無視という選択肢を選んだというのに、襲撃の回を増すごとに、Wは手段を変えて来る。これだから餓鬼は好かぬ、と手を離すと、其の腕でWはVの襟を掴んだ。服を剥ごうとする白い手を、またしても掴んでVは問う。
「…何の真似だ」
「テメェと他にやることなんかあんのかよ」
 一転して機嫌良く瞳を眇め、Wは答えた。
「お前に僕を気持ち良くさせてやるよ。デッキなんかどうでもいいだろ。変な眼があんだから」
「ザキラ様の御為に揮う能力だ。些かも間違いが合ってはならぬ」
「今はどーでもいいんだよそんなん。僕が目の前にいる時に他の奴のこととか喋んな。ムカつく」
 笑みから不機嫌へそしてまた上機嫌へ。表情を激しく転換させ、Wはもう片手をも使いVの着衣に手をかける。
 元より手間のかかる行為など一切したくないVは、早々に選択肢を放棄した。デッキは半ば完成されている、此処で中断した所で問題はあるまい。此の侭Wの妨害を受けつつ作業を進めるよりも、手早くあしらった後に再開する方が合理的だと判断。併し自発的な快楽への欲求はさほど持ち上がらない。
 そうこうしている間に、Wは抵抗をやめたVの、胡坐をかいた膝を跨いで意気揚々と準備を始めている。邪魔にしかならない外套を不器用な手つきで外しているのを眺め、Vは低く嘆息した。
 全く、厄介極まりない者と要らぬ縁を交わしたものだ。
 無知の瞳には、単純な欲望と満足が混ざり合った色が浮かんでいる。こちらを見ろという無言の圧力。訪れた瞬間からの物欲しげな視線に気づかないVではない。
 WがVの自室を訪れる理由は常に一つしかない。肉の快楽の為の訪問。がらんどうの人形に其れを吹き込んだことを今更後悔しても、もう遅い。
 ばさりと音を立てて外套が波を打ち、散らかったデッキの上を覆い隠すのが、Wの肩越しに眼に映る。
 あからさまに、膝頭へ押しつけらる下肢はまだ昂ぶってはいない。だが――
「中、触れよ。野蛮人」
 白い手で掴んだ褐色の指を齧りながら言う口調からすると、デッキ構築に戻れるのはそう時間が掛からないだろうと、口に出さずVは思った。