【独普】Hallo! Mein bruder.1日目 深々とご挨拶

独×普人名パラレル・兄弟設定


  ある晴れた日曜日。玄関を開けたら兄が居た。
「よう」
  と、ギルベルトは軽く手を上げて口の端を持ち上げてみせた。
「久しぶりだな、ルッツ。元気そうじゃねえか」
「あ――ああ、久しぶり、だな」
  語頭が一瞬詰まってしまった。絡んだ息を無理やり飲み下して、挨拶を返す。
  突然のことに頭がついていかなかったようだ。整頓する。今日は日曜日で、俺は何の予定もなく、するべきことといえば週明けに提出するレポートをまとめる くらいなもので、ああしかし天気もいいので庭いじりをするのもいいかもしれないそろそろTulpeの球根を植える時期だろうか、と思案していた。そこで チャイムが鳴った。こんな朝早くにいったい誰が、と思い玄関を開けたのだった。そうしたら――兄が居たのだ。
  もう何年も会っていない、兄が。
「ほれ、新聞」
  ポストに挟まっていたのを引き抜いてきたのだろう。硬直している俺にギルベルトは新聞を差し出し、俺はそれを半ば反射で受け取った。
  どうしても動きが硬くなる。そんな俺を見て、彼は腕を束ねて口を尖らせた。
「なあに固まってんだよ。久しぶりの再会だってのに」
「す、すまない。少し驚いただけだ――とにかく、中へ」
「あ、その前に車入れていいか?車庫開いてんだろ?」
  ギルベルトのいうとおり、両親が揃って長い出張に出ている今、車庫は空のままだ。免許こそ持ってはいるが、もとより歩くのが嫌いではない俺に所有車はない。ギルベルトが親指で背後を指したその先に、路上に停められた真っ赤なビートルがあった。
  もちろんかまわない、父母はそろって長期の単身赴任中だと返事をすると、彼はおう、と短く返して車に戻っていった。午前の明るい陽光に銀髪がきらめいて、すぐに植え込みの向こうに消える。しばらくしてエンジンの音が響き、それをぼんやりと聞いていた。
  今見た兄の姿を思う。俺より背の低い兄。
  白に近い銀色の髪と鉱石のような紫の瞳。昔とちっとも変わっていないが、瞳の鋭さは幾分和らいでいるように見えた。少なくとも、彼がGymnasiumに通っていた時よりは。
  その後、卒業間近で中退し、家を出てからことは――俺に知る術もない。こうして顔をあわせるのも、随分と久しいのだから。
  彼は何を思い、何をするために此処に来たのだろう。
  数年前、兄がたしか十九歳になったばかりの頃、突然荷物をまとめ、あのビートルに乗って出て行ってしまった。両親は気にするなと言い理由を話してはくれず、俺は今も、兄の独立のわけを知らずに居た。
  久々に弟の顔を見に来た、というなら、そのことには触れないで居たほうがいいだろう。幼い頃には仲良くしていた兄弟なのだ。突然のことで動転してしまったが、ここでようやく気が落ち着いた。
  彼の好物は何だったか、そう思い出しながらコーヒーの準備でもしようと踵を返す。
  そこで丁度、ギルベルトが車を停め終えてこちらに戻ってきた。
  それはそれは大きな、二つのボストンバッグを抱えて。
「…ギルベルト、その荷物は?」
「ん?ああ、服とか必要なもんとか、いろいろ」
「……服?」
  弟の顔を見に来るのに、何故服が。いや、ちょっと待て――と、脳内が急回転し始めた。
  兄の性格。好きなことを好きなようにやるのが彼の信条。それは自分勝手とも、自由とも表現できる。一度決めたことに他所の介入を許さない。こうときめた ら必ずそうする。何をするときにも他人への確認もしない。そんな男だった。共に暮らしていた頃は、何度か強引ないたずらに付き合わされたことも――ああ、 予想がついてしまった。多分間違っていない。
  二つのボストンバッグ。出て行くときはひとつ――だったが。
「なあ、俺の部屋ってまだ残ってんのか?」
  俺の思惑を一ミリも外さない答えが、彼の薄い唇から発せられた。
  それが、あまりにも軽すぎる、新しい同居人の挨拶だった。