【独普】Hallo! Mein bruder.2日目 ハプニング始動
独×普人名パラレル・兄弟設定
住んでいたアパートが取り壊しになるので、仕方なく出てきたのだ――と、ギルベルトは苦笑いをして言った。
「新しいとこが見つかるまで、しばらくここにいるからよ」
よろしくな、という言葉に、俺は反射的に頷いていた。本当は、いろいろと聞くべきことがあっただろう。だがその時の俺は恐らく少しばかり混乱していて、その混乱を、ギルベルトの浮かべた笑みでかき消されてしまったのだと思う。
すぐに問いかけておくべきだった、と、夕食の片づけをしながら、昨日のあわただしい一日を思う。
いまごろ彼は、かつて使用していた自分の部屋でくつろいでいることだろう。
使われていない部屋の掃除は俺がしていた。いつでも戻ってこられるように――などということは考えていなかった。ただ他の部屋の掃除のついでに、人の住 む匂いのしない室内の埃を払い整頓していただけの話だ。若干、物置と化していた分の荷物は、彼が来てすぐに地下の倉庫へ移動した。ベッドに寝転び、変わっ ていないと呟くギルベルトの横顔は、何故かぼんやりしていたように思う。
身体のあちこちに降り積もる緊張はまだ解けず、兄の来訪から一日経過した夜、ようやっと一息つけたような気分だった。
皿の泡を流しながらため息がこぼれる。昨日、口にした昼食の味は覚えていなかった。
数年の空白というのは、こんなにも距離を感じさせるものだったのか。
食事の席でギルベルトはよく喋った。ただ、そこに独立の理由は含まれて居なかった。ただ昔を懐かしむ話――幼いころにああしたこうした、お前は覚えてい るか、という話ばかりで、食後のコーヒーの間でさえ、現在の彼の話を聞いていない。それは今日も同じことで、やたらと俺の近況を尋ねてくる。それに答える のが手一杯で、謎は謎のままだ。
問わないほうがいいだろう、と、依然思う。故意に隠しているのなら、話したくないのなら、追求しない方が良い。知りたいという欲はあるが、それを素直にぶつけられるほど、今の兄と自分の距離は近くないのだ、と思った。
もう少し、そう、ギルベルトがこの家に慣れ、自分自身も彼のいる生活に慣れたら。そのうち酒でも飲み交わして、気分がほぐれたら、謎も少しは解けるかもしれない。
それにしても、両親が不在の時期にぶつかったのは幸運だった。兄の話を切り出すと沈黙した両親。両親の話をしない兄。恐らく何か衝突があったのだろう。それを知る術は、俺にはない。
思考しながら、洗い終えた皿を並べる。布巾を手に取ったところで――階上から、ギルベルトが降りてきた。
少しばかり、緊張が戻る。だが昨日ほどではない。振り向いた先で、彼はゆっくりとした足取りで俺の隣まで歩いてきた。
その顔が、驚くほどにやついている。
「なあ、ルッツ」
そう呼びかけてきた声は、何と言うか、笑いを噛み殺しきれていないというか、噛み殺す気もないというか、そんな感じだった。不穏な予感に、眉根を寄せる。
「…何だ?」
「俺たちってさ、兄弟だよなあ」
「まあ、そうだが」
「顔もあんま似てねえし、性格も正反対だと思うけどよ。やっぱ、うん、根のところでは同じって言うか」
「…?」
何が言いたいのだろうか。皿と布巾を置いて、ギルベルトへ向き直る。
彼は両手を背中に回していた。腰に手を当てているイメージばかりが残っていたので、妙に違和感がある。そして嫌な予感もまた、こみ上げてくる。
覚えのある目をしてギルベルトは笑っていた。幼い頃と同じ、悪戯をした時と同じ目で。
「……背中に何を隠しているんだ」
「あ、ばれたか」
「顔を見れば一目瞭然だ」
「たいしたもんじゃねえよ。兄弟の心のつながりを再確認した証拠品だ」
そう言って、ギルベルトが差し出したのは、DVDのケースが二枚。
男女絡み合う、自他共に認めるマニアックなパッケージのDVDが二枚。
ああ、脳がフリーズするというのは、こういう時のことを言うのだろう。
「よく見ろよ、同じのが二枚。一枚はお前の部屋から、もう一枚は俺が持ってきたコレクションの一部だ」
「実家といえば家捜しだろ?お前の部屋をくまなく拝見させて頂いてたら、なんかお堅い本が並んだ向こうがこう、あやしいことこの上なかったわけだ」
「本引っこ抜いてみたら案の定、お年頃の男子としてあるべきものがずらっと」
「そのラインナップが俺とそっくりだったことに兄弟の絆を感じたお兄様はだな、その感動を、同時に所有していた作品をお前と一緒に観ることでいっそう強くかみしめようと――」
フリーズしたままでも人間は動く。それは多分、脊椎反射だったのだろう。
ぺらぺらとよく喋るギルベルトの頭を、俺は手加減なしに叩いていた。
「いってええ!!おいこら何すんだお前!お兄様の頭を!」
「黙れ!弟の部屋を勝手に漁る男を兄とは認めん!!」
「バッカお前、兄は弟のものを何でも好きにしていいっつう決まりがあんだよ!」
「どの時代の暴君だ貴様は!!」
そのような口論を恐らく三十分ほど。殴ること一回、殴られること二回。
俺がまじめに悩んでいた、彼との対応の仕方や気遣いはいったい何だったのだろうか。ものすごく無駄に思える。それでも「出て行け」といえなかった自分は、つくづく兄に甘いと、そう思った。