【独普】Hallo! Mein bruder.5日目 とんだところで夜遊び
独×普人名パラレル・兄弟設定
結局昨日は、ギルベルトの顔を一度も見れなかった。
ため息ばかりが続く頭の片隅にはいつも、フェリシアーノの言葉が重たい鉄の塊となって鎮座している。
『でもね、本当、恋してるなら、好きな人がいるなら、ちゃんと言ったほうが良いよ』
その意味を、理由を、考え続けている。
家に居るとどうしても感じ取ってしまうギルベルトの存在に、その思考は乱れるばかりだった。
講義中も上の空で、ノートには意味不明の筆跡が残っている。心配そうな顔をしたままの友人を置いて、俺の足はことさらゆっくりと路地を進んでいた。
帰りたくない、わけではない。ギルベルトを疎んでいる訳でもない。
けれど、目を見て話せなかった昨夜のぎこちなさが足取りを重くさせる。俺の様子がおかしいことに気がついたギルベルトは、真意の読めない紫の瞳を細め て、もう寝るから、と手を振って部屋へ戻っていった。その時、背中に張り付いていたように見えたものは、恐らく寂寥と呼ばれるものだ。
ますます解らなくなる。何故。
自分の感情もわからなければ、兄の感情もわからなかった。
思いこしていくと、ギルベルトは帰ってきてからずっと、幾度も、俺をじっと見ていた。
会話をしている時だけではなく、片付けをしている時や料理をしている時、紫の視線は背中に、肩に、真っ直ぐに向かっていた。
久々に会った弟を観察しているのだ、と、理由をつければそれまでだ。
だが、その視線には熱が篭っていたように感じられた。あからさまではなく、ひっそりとした何かが。
そんな風に思うのは、俺がおかしいのだろうか?
フェリシアーノの言葉を変に受け止めすぎて、間違った解釈をしているだけだろうか?
兄の動向ばかり考えているのは、投げられた好意という言葉を自分の中で捜すことを避けているからに他ならない。今考えるべきはそんなことではない。友人が名前をつけて、そして何故か、しっくりと来てしまった感情の正否こそ、突き止めなければならないというのに。
(…ああ)
三叉路の前で足が止まる。正面の道を進めば、すぐに自宅にたどり着く。
そこにあるのは兄の居る家だ。もう五日目になるが、空気が違うように思えてならない。
そういえば、ギルベルトは俺が帰宅する時間には、いつも居間のソファに座っておかえりと声を掛けていた。
日中、どうやらギルベルトは出掛けているようだ。だが夕刻には必ず帰宅している。時間にルーズであった筈の兄が、食事の時間だけはきちんと守っていた。帰ってくるように、と言付けた記憶もないのに、まるでそれは一日のうちに欠かせないタスクであるかのように。
そこにも何か、意味があるのだろうか。
一瞬、右か左か、どちらかの道を選ぼうと思った。
逡巡はほんの一時のことで、結局俺は、自宅へと続く道を歩んでいた。
たどり着いた自宅に、ギルベルトの姿は無かった。
夕闇も色をなくした夜の街を、闇雲に走った。
日が落ちればぐっと冷え込む気候の中、汗が垂れているのが解る。走ったからではなく、それはべったりとした嫌な感触を伴って背中に張り付いていた。
ギルベルトの部屋は、もぬけの殻になっていた。
綺麗に片付けられては居なかった。しかし、彼なりに整えたのであろう皺の寄ったシーツに温度はなく、毛布も畳まれていた。持ち込まれた二つのボストン バッグはどこにも無く、到着して一日でどうすればこれだけ散らかるのかと思った床に荷物は無かった。ただ、今朝洗濯した彼のシャツが一枚だけ、乾かないま ま庭で揺れていた。
去ったのだ、という他に状況を示す言葉が見当たらなかった。
(何故、)
どうしてだ、という言葉が頭を巡る。乱れきった呼吸と同じく、思考はもつれる一方だ。
何故何も言わずに。何故唐突に。今朝まで、気まずいながらも夕食はFischgerichtがいいと言っていたのに。
思い出すのはあの背中ばかり。顔よりも先に、あの寂しげな背中が浮かぶ。
(俺が――避けたからか)
住宅街を抜けて繁華街へとたどり着いた。週末の夜だ、仕事帰りの団体がひしめいている。間を縫うように走りながら、人ごみで目立つ銀色の髪を忙しなく捜す。
俺が、あからさまな態度を取ったからだ。決して疎んだ訳ではない、顔を見られなかったのは俺自身の問題であって、彼に咎はない。確かに唐突な行動を―― いきなり股間を掴んでくるという突拍子も無いことをしたが、それを発端として俺の思考はおかしくなり始めたが、だからといって出て行く理由は何処にもな い。
ギルベルトは誤解したのだ。俺の様子を見て。
だから何も言わず――あの日、少年の頃と同じように、何も言わずに。
(ああ――)
今更だった。鈍い俺は何も理解していなかった。居なくならなければ、察することさえ出来なかった。
俺はずっと待っていたのだ。
ギルベルトと再び暮らせることを望んでいた。
自分勝手で気まぐれな兄が帰ってくることを。勢い任せの悪戯に振り回されることを。あの日々を。
それを恋と呼ぶのなら、俺はとっくに恋をしていた。
幼い頃から、ギルベルトだけを、俺は――
「っ!」
まとまりかけた思考が弾けた。正面にいた男に、思い切り肩をぶつけたせいだった。
勢いのついていた身体が前にのめる。その腕を、ぶつかった男が掴んだ。
「おいおい、お兄さん大丈夫?」
顔を上げると、金髪の男が驚いた顔でこちらを見ていた。青い瞳――この辺りでは見かけない、都会風の顔立ちに短い顎鬚を生やした男の眼に、前髪を乱した俺の汗だくの顔が映っている。
だが、その男に詫びる前に、俺の視線は彼の向こうの、見慣れた銀髪を凝視していた。
「ルッツ?」
聞きなれた声が俺を呼ぶ。
場所もわからない繁華街の裏路地、普段なら立ち寄ることもしない薄暗いバーの前で、ボストンバッグを提げたギルベルトは眼を丸くして俺を見ていた。
男が兄に、知り合い?と尋ねるのを、俺は腕を支えられたまま、呆然とした耳で聞いていた。