【悪友バンドパラレル】LaLaLa Tomatina!

俺様CDでフビメタルデスメタル系のお歌を熱唱あそばせてる普を聞いてから「ああ、バンドモノっていいよなあ…」みたいな妄想が掻き立てられた産物です。
きっと俺様CDはこんな面子だったろうという夢見がちなメモです。ちなみに音楽の知識は全くありません音符すら読めません。


 喧騒、足音、扉が荒々しく開く音。
  それと共に、頭の先から爪先までをくまなくトマト汁で汚した三人組が、どやどやと控え室になだれ込んできた。三人のうち一人は満面笑顔。全員が汗とトマトの残骸――赤い汁から種のどろりとした部分まで――で、頭のてっぺんから爪先まで、男前を台無しにして、煙たい控え室にトマト臭を振りまいていた。
「てめえ、客席にトマト投げんなってあれほど言ったじゃねえか!」
  特に被害の大きいギルベルトがそう叫ぶ。自慢の銀髪は、集中攻撃を受けた勲章とも言うべきひどさでもうまだら模様だ。どんなメタルバンドでもこんな髪型はそういまい。トッピングに、つむじの辺りにトマトのヘタが絡んでいるのが笑いを誘う。ぷす、とアントーニョが噴出すと、ギルベルトは更に目じりを吊り上げた。
「笑うな!てめえがやらかしたんだろうが!」
「えーだって盛り上がったらトマティーナしたくなるやん。その方が楽しいやん」
  それにもう恒例みたいなもんやんか。と、返しながら、健康的に焼けた浅黒い肌にべったりついたトマトの残骸を舐め取ってアントーニョは言った。
  言うとおり、彼らのライブでトマトが投げられるのは日常茶飯事だ。もともとはやはりアントーニョが、ライブ中にどこからか木箱に入った現地直産の完熟トマトを三ダースほど持ち込んできていて、盛り上がり最高潮の際に愉快な奇声を発しながら、それらを次々に客席に投げ込んだのが始まりだった。それからというもの、トマトはライブ前に送られてくる。通例のごとくそれらはたっぷりと客席に向かって投げられる。
  たまにギルベルトが客席に下りて乱闘騒ぎを起こすようなイベント(?)が起こる彼らのステージで、唐突に始まったトマティーナに顰蹙を起こすような常識的な人間は、ファンの中にはいない。最早音楽とは呼びづらい、騒音じみたメロディも含めて、一般的な音楽とは一線を画すといわれている彼らだ。メンバーも客層も揃って気が違っているとまで評される。
  そんなメンバーに向けて、一次元違っている客からのサプライズ。今回はなんと客側もトマトを用意していた。アントーニョがトマトを振りかぶった途端に客側から雨あられのようにトマトが投げられるという珍事が起きた。結果、メンバーも客もついでに機材も揃ってトマトまみれだ。
「まあ、客の方が迎撃用意してるとかは考えてなかったよな…」
  怒る気力も無いフランシスが、ぐっしょりと濡れたシャツをつまんで溜息をつく。
「水も滴るいい男なお兄さんだけど、トマト滴るとは思わなかったよ」
「地元帰ったみたいで楽しかったわー。ロヴィにも参加してほしかったなあ」
「あいつならトマトぶつけられる前に退散してたぞ」
「えっ来てくれてたん!?何やまた端っこの方で見てたんかー最前列来て欲しいわぁ」
「来てたら完全にトマトの餌食だったでしょーが」
「てめえら暢気にだべってんじゃねえ!!」
  会話をさえぎり、べしゃん。音を立てて、ギルベルトが脱いだTシャツを床に叩きつけた。フランシスとアントーニョが振り返り、また顔を見合わせる。
「そないなこと言うて、一番楽しそうに投げてたのギルやんか」
「そうそう、高笑いしながら齧ったトマト片っ端から投げてた癖に」
「バカ言え!これ見ろ!」
  そう言ってギルベルトは、ヘタがからまった脳天を突き出した。なになに、と覗き込む二人。
  そこには、台無しになったどろどろの銀髪を押し上げる形で、見てそうとわかるほどのこぶがひとつ。髪を押し上げて膨らんでいた。
「…ギル…」
  深刻な声でもってフランシスが、名前を呟く。あんだよ、と、不機嫌なギルベルトは鼻を鳴らす。
  事態の深刻さがやっとわかったか、と言いたげな赤紫の視線で二人を睥睨すると、アントーニョはおろおろと、まるで日本の幼児向け番組で大人気の赤いモップもどきの生き物のように口元に手を当てて、うめくように言った。
「トマトでこぶできるほど頭弱いん?」
「違ぇ!!!」
  いつもよりひときわ高い怒鳴り声が、煙草臭い控え室に響いた。
「あんなやわいモンに当たってこぶなんざ出来るか!!」
「じゃあどしたの」
「これだこれ!!」
  地団駄を踏みながらひとしきり暴れた後、ギルベルトが差し出したのは――拳大の大きさのじゃがいもだった。
「トマトに混じって投げてきたバカがいやがんだよ!!」
  おかげでこの有様だ!と、ギルベルトはこぶを指差して怒鳴った。青と緑の瞳が、へこんだじゃがいもと膨らんだギルベルトの頭をまじまじと眺める。
  しばし沈黙。
  扉の向こうから薄く人の笑い声。
  そしてきっかり十秒後、二人は再び噴き出した。
「なっ…笑ってんじゃねえ!!」
「だ、だって、じゃがいもってお前…!」
「ええやんか、地元まで調べて名産品もろたんやから喜んどきー!」
「良くねえ!俺様の美しい曲線を誇る頭のラインが台無しじゃねえか!!」
  がー!!と、獣のように叫ぶギルベルトを囲んで、アントーニョは腹を抱えて大爆笑。フランシスは涙まで出てきたらしく目元を押さえてくつくつと笑っている。
「なあなあギルそれよお見せてー?写メってええ?ロヴィにも見したるー」
「撮んな!くそっ今に見てろよ…次ん時は俺も芋ダース単位で用意して全員ボコボコにしてやっからな!」
「その前に集中砲火くらってぶっ倒れてるんじゃないのー?」
「うるせえヒゲ!トマト臭ぇ面近づけんな!」
  何やら手をわきわきとさせながら、フランシスはによによと笑いながらギルベルトに近づいた。トマトでべたべたの顔を掌で押しやりながら避けていくその背中に、どん。アントーニョがぶつかる。こちらも笑顔である。
「ギルも相当トマト臭いでー。何や、じゃがいもとトマト揃ってもろて、何や美味そうやんなあ」
  何やら含みのある声音でもってそう言われ、ぞくり。ギルベルトの背筋に緊張が走る。
  アントーニョは年下の可愛い恋人が、フランシスには高飛車な女王様が、そしてギルベルトは溺愛する弟が。それぞれが性別の間違いを除いては全く正当な相手を所持している。だが、ただでさえ道徳観念が皆無な上にライブ後の元気の良すぎる彼らにそういうことは余り関係ない。警戒心が自然、臀部に緊張を走らせる。
  二人に背中を向けないように後退しながら、ギルベルトはその赤紫の瞳でもって彼らを睨み付けた。無論、ものともしない笑顔はじりじりと寄ってくる。
「なあフランシス、美味しそうやんなあ?」
「んんーこれはもう『俺を食べて!』っていうメッセージにしか見えないね」
「ちょ、おい冗談じゃねえぞ、てめえらに貸す尻はねえ!!」
「大丈夫大丈夫、痛くしないから。多分」
「せや、友達やからなー優しくしたるで。多分」
「多分って何だぁああああ!!!」
  トマトまみれの両肩を乙女のように抱きしめて首をぶんぶん振るギルベルトの両腕を、がっしり。底知れぬ笑みを浮かべたフランシスが掴む。同じ顔でアントーニョがごそごそとベルトのバックルを外す音。ギルベルトが本気で、弟の名前を叫ぶ。が、恐らくルートヴィヒはスタッフと一緒にトマトまみれのステージの掃除をしていることだろう。電波よ飛べ!と念じてみても、足音すら聞こえない。
  そうこうしている間に、ジッパーが下りる音が嫌に大きく鼓膜を振るわせた。
  ああもうだめだ俺、許せルッツお前に新しい兄弟出来ちゃう、竿兄弟が。
  そんなことを思っていると、ぴたり。
  アントーニョの動きが止まった。
「どしたの?」
  フランシスが、ギルベルトを山積みのトマト箱(量的にバックヤード持ち込み不可分)に押し付けて拘束しつつ問いかける。
  外したベルトをぶらぶらさせ、ジーンズとボクサーブリーフをいっぺんに引き伸ばして中身を見ていたアントーニョが、ぱっと顔を上げた。
「あかん、ちんこ勃たへん」

 沈黙。

「え、そんなに駄目?全然?」
  羽交い絞めをあっさりと解いて、フランシスがアントーニョの方へ寄っていく。ほれ見てーと更にゴムを引っ張って見せるそこを、青い瞳がまるで晩御飯の惣菜を選ぶような視線で覗き込んだ。ギルベルトは完全放置で。
「あーこれは駄目だな。こう、エロスへの期待が欠片も見当たらない萎えっぷりだわ」
「つかノリでここまでやっとったけど、正直その気にもならへん」
「あ、お前も?お兄さんも実はあんまり」
「やっぱ俺ロヴィ以外は無理やわ、物理的に勃たへんもん」
「お前それ男としてどうなの…?」
  そして二人そろって、くるりとギルベルトを振り返る。表情には申し訳なさそうな苦笑い。
「悪いなあギル、やっぱすんのやめるわ」
「盛り上がっちゃったのに悪いねー」
「…………………………」
  何やらばつの悪そうな顔をして、アントーニョはぱん!と音を立てて、胸の辺りで手を合わせた。
「俺らには無理やけど、ルートヴィヒに美味しく料理してもろたらええんとちゃう?」
  トマトと芋やしな?と小首をかしげる、二十台の男がやっても全く可愛くない振りが追加。
  ギルベルトは全くの無表情で、二人を交互に見やる。
  そして、にこり。見たことも無いほど穏やかな笑みを浮かべて、ギルベルトはうんうんと頷いた。頷きながら、やおら回れ右をし、今まで背中を押し付けられていた箱に向き直る。
  釘打ちされた上蓋を、めきっとかばきっとか不吉な音を立てて素手で開ける動き。
「…ギル?何してん?」
  可愛らしいポーズのまま、アントーニョがその背中に声を掛けた。
  振り向いたギルベルトの両手には、真っ赤に熟れた、血肉のような完熟トマト。
  フランシスの顔がひきっ、と、引きつる。意味が解っているのかいないのか、アントーニョが更に首をかしげる。
  手の中のトマトを思い切り握りつぶして、ギルベルトは叫んだ。
「お・ま・え・らぁ――――!!!!」

 その絶叫が、第二回トマティーナ開催の高らかなファンファーレであったことは、言うまでも無い。