【悪友バンドパラレル】GIGJack Queen.

俺様CDでフビメタルデスメタル系のお歌を熱唱あそばせてる普を聞いてから「ああ、バンドモノっていいよなあ…」みたいな妄想が掻き立てられた産物です。
きっと俺様CDはこんな面子だったろうという夢見がちなメモです。ちなみに音楽の知識は全くありません音符すら読めません。


「もう一回いっとくぞ。あいつのことを絶対『女王様』って呼んだら駄目だからな」
「わーってるって、もうそれ十回は聞いたぜ」
「せや、いちおうゲストなんやからちゃんとお客様扱いすんで?フランシスは心配性やんなあ」
「お前ら興奮すると何やらかすかわかんないから言ってんでしょーが…」
「なら宣誓したるわ。ロヴィに誓って、『アーサーを女王様とは呼ばへん』!これでええ?」
「じゃあ俺も可愛いルッツに誓ってやろう。『アーサーを女王様とは呼ばねえ』。よし!これで問題ねえな!」
「せめて神様に誓いなさいよ…」
「っせーなー。ほら、もう時間ねえぞ。行くぜー!!」

 

 

 

 

 

 狭いライブハウスは、興奮の坩堝と化していた。
  壁際までみっちりと人間が詰まっている地下室の箱は、新鮮な空気など欠片もありはしない。酒、煙草、汗、体臭――一般人がこの有様を目にしたなら、町中の不純物が溢れかえったゴミ箱のようだと評しただろう。
  視覚効果で卒倒しそうなけばけばしいライトが縦横無尽に室内を駆け巡り、鼓膜がぶち破れそうな大音量と踏み鳴らす足音はそれだけで大地震が起きてしまいそうなほど。詰まった人間たちは、互いの睫の長さまで確認できるほど身体が近く、そして、誰もが好き放題に振舞っている。足を踏み鳴らす者飛び跳ねる者叫ぶ者まぐわう者、それらはもうヒトではなく、老若男女、獣に近い。その野獣たちを野放しに統率する男もまた、ステージの上で咆哮を上げている。
  音楽と呼べるか解らない高音の絶叫を叫び終えたギルベルトが、アンプを蹴倒してマイクを振り上げた。
「ぃよ――――ぉ勃起しまっくてっかあ粗チン野郎共ぉ――――――!!!!」
  絶叫に応えて、箱をビリビリと振動させる咆哮。ハウリングが脳天を突き破る。
「今日はよぉ、なんとお客サマが来てやがんだぜてめえら!!」
  その言葉に、ざわざわ、などという控えめなざわめきなどありはしない。より一層の奇声と、疑問の感情を其の侭遠吠えにした母音の音の連続が客席からステージへ次から次へ。ギルベルトの声を掻き消す程のそれらは説明の隙を与えない。
  チ、と舌打ちしたギルベルトが、アントーニョに目配せする。緑の瞳ははいはいわかってんてー、と手をぱたぱたした後、サイドに設置されている照明器具をやおらしっかり握り締めて、
  投げた。
  容赦なく客席に投げ込まれたそれに対して、またしても上がる悲鳴。ガラスが割れポールが曲がり、避け切れなかった男が情けない声を上げて床に転がった。犯人はへらへらと笑いながら大丈夫かー?などと言っている。ああだめだこいつ静かに絶頂しきっちゃってる、と、フランシスはこっそりと額を押さえた。
  上がる悲鳴に被せて、満足げに喉を反らせるのはギルベルトだ。
「俺様の話が聞けねえってかぁ―――!?全員ケツにマイク突っ込まれてえのかこのdi××khead共が!!」
  ここでようやく、荒くれた獣たちが先程よりも若干、ほんの若干だが大人しくなる。よしよし、と、ステージ上の暴君は二つ頷いて、マイクを握りなおした。
「いいか、これから登場する奴ぁてめえらみてーなチンカス共とは一生お付き合いのなさそうなお坊ちゃんだ!なんたってあの、アーサー・カークランドだぜえ!!!」
  すっげえだろ!と言うギルベルトの言い様は、言葉とは裏腹に嘲笑が見え隠れしている。アーサーはこの室内で騒ぎ立てる男たちの好む音楽とは方向性が全く違う、正統派のブリットロッカーだ。カウンターカルチャーを歌い、ティーンエイジャーに絶大な人気を誇っている。アンダーグラウンドでコアな人気を持つギルベルト達とは、重なる部分はほとんどない。
  案の定、客席からはブーイングと罵声の嵐だ。それをにやにやとした笑みで両手を挙げて宥めながら、ギルベルトは更に続ける。
「わーってる、わーってるっつーのてめえらが言いたいことはよー。そんでもアーサーはちょいっと一風変わった野郎だぜ。あいつが何て呼ばれてっか知ってるか?なんたって、『女王様』だぜぇ?」
  かわいいお顔でえげつねえって、評判だからよー!
  ケセセセセっ、と、悪意満面の悪魔のような笑い声で嘲笑。客たちもまた下品に笑う。フランシスがもう両手で顔を覆って項垂れていた。
  誓った癖に。言わないって言ったのにもうほんとお前バカ!記憶力が小鳥並み!
「ほらやっぱりお兄さんの思ったとおりだった…」
「まあええやん、あとで血祭りにでもあげとけば反省するやろ」
  さめざめとするフランシスの肩を、アントーニョがぽんぽん、叩く。
  今上手を見たら死ぬ、絶対死ぬ、と直感するほどの怒気が横手から溢れていることに、ギルベルトは気がつかないのだろうか。アーサーはその呼称を強烈に嫌っている。元々ヤンキーでとにかく喧嘩ばかりしていたアーサーだが、ステージではそんな風に呼ばれるようないきすぎたパフォーマンスなど全くしていない。ちょっと足癖が悪いだけだ(本人談)。だというのに、何故か男性信者の数が多すぎるのだという。ブリットロックというジャンルに女王様はちぐはぐだと本人は立腹している。
  それって本性が溢れちゃってるんじゃないの、とフランシスは思うが、口に出すと顔の形が変わるので言わないままの腐れ縁。喧嘩が好きで皮肉屋でセックスが大好きで高圧的。何を歌っても、興奮し始めると爽やかな仮面は溶けてしまうものなのだ。事実、ライブ開始直後と終了後ではアーサーの顔は全く違っている。
  フランシスが無言の圧力を顔側面に受けている間に、ギルベルトのトークは軽快に続いていた。
「だからよ、世間知らずの女王様に、俺ら流のご挨拶ってのをちゃあんと教えてあげられるかい?って聞いてんだよ。イイコにできるかクソ野郎共!!」
  Woooooo!!!!
「声が小せえ!!女王様にチンコ勃たせてもらいたくねえのか!!!」
  Woooooooooooooooooo!!!!
  最早ちょっとした宗教である。邪教の方の。
  野太い大音量が天井を突き破りそうだ。応えて吼えたギルベルトが、それだけで絶頂しそうな声を上げて、そして手を振り上げる。
「Arrrrrrrrrrrrrrrrrrthur Kirklaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaand!!!!!」
  絶叫で名を呼ぶ。観客のスラングと卑猥な罵声が箱全体を揺るがし――そして、『女王様』は君臨した。
「……………わぁお」
  騒音の中で、フランシスが目を丸くして呟く。
  無理も無い。上手からゆっくりと現われたアーサーは、彼自身のライブでいつも見せている格好とは全く違っていたからだ。
  いつもは大抵モッズ・ファッションで統一しているはずのその姿。今日は頼りない尻と細い足をスリムなジーンズで覆い、膝下は人間を踏み潰すためにあるような、明らかに鉄板的な何か仕込まれていそうなブーツを履いている。身体のラインを隠そうともしないぴったりとしたTシャツには挑発的なプリント。折れそうな首にチョーカー。それらがびっくりするほど似合っている――少なくともフランシスはそう思った。隣でアントーニョが何故かにこにこしているのが謎である。
  『女王様』と呼ばれるような、雌の匂いは外見からは全くしない。だというのに、この空気。
  あーこれはもうしょーがないよお前女王様だよ実はお前その呼び方気に入ってんだろ、と呟くフランシスを地獄耳で聞き取って、アーサーはその髭面をぎろりとにらみつけた。
  観客席からは一層ひどくなったスラングが波のように押し寄せてくる。投げ込まれるさまざまな物体。その中の一つ、空のビール瓶がアーサーの進行方向に向かってまっすぐ飛んできた。やば、とギルベルトが手を伸ばそうとする――が。
  ぱしん、と、軽い音を立てて、アーサーの華奢な手がそれを容易く受け止め、

「Shut uuuuuuuuuuup!!!!!」

  そしてそのまま、それをアンプに向けて叩きつけた。
  綺麗に通るクイーンイングリッシュが奏でた命令に、ならず者たちが瞬時に黙る。ついでにギルベルトも硬直している。
  そんな彼をエメラルドの瞳が、完全に据わりきった視線でもって睨み付ける。何故か両手を降参のポーズで掲げたままだったギルベルトの手から、アーサーはマイクを奪い取った。キン、と一瞬ハウリングを起こし、静寂を撫でる。
  剣呑な双眸が、左から右へ客席を睥睨。細い足が、蹴倒されて瓶を叩きつけられた哀れなアンプを踏みつける。
  すう、と息を吸い込む。軽く吐いて、にやり。
  女王様が、唇を皮肉な形に持ち上げて笑った。
「…何だ、どんだけ手に負えないバカ共が吼えてやがんのかと思ってたら、揃いも揃ってお行儀の良い」
  こちとらお前らの流儀に合わせてやろうってのに、何だその様は。
  続けてそう言って、ハッ、と、馬鹿にしきった声でもって、嘲笑。
「世間知らずの女王様に、お前ら流のご挨拶を見せてくれるんじゃなかったのか?なあ、ギルベルト」
  言いながら、手の中にある割れた瓶の口をぷらぷらと危なっかしく振り回してみせるアーサー。やおらその切っ先をぴ、と、真横に突っ立ったギルベルトに向けて差し出してみせる。
  あと三センチ進めば失明、そんな距離を挟んで、赤紫と翠が激突。
  沈黙は五秒。
  やがて、ギルベルトが頬肉を持ち上げるような形で、凶悪な顔をして、笑った。
「…上等じゃねえか」
  収まりかけていた熱が再沸騰。挑発の視線に挑発で返す、紫の瞳が熾き火のように燃えはじめる。
「お前、コッチの方が向いてんじゃねえの?ウチのバカ共がタマ縮こませちまってるじゃねえか」
「てめえの躾が悪いんだろ。安心しろよ、今夜はお望みどおり『女王様』になってやるからよ。せいぜい客取らねえように声張り上げな、cherry boy?」
  軽口の応酬をマイクが拾って、室内全体に響き渡る。互いにぎらぎらとにらみ合いながら、口元には同質の笑み。
  フランシスにだけはわかってしまう、あの顔をしているアーサーはとても、怒っている。と同時に、とても楽しんでいる顔なのだ。例えば過去、難癖をつけられて片っ端から喧嘩に明け暮れていた時の横顔。それと同じ、怒りと愉悦が交じり合ったいわゆる「タマナラナイ顔」をして、ギルベルトと鼻を突き合わせている。
(…まあ、いいのかな)
  なんか楽しそうだし。
  ねえ、と苦笑して横を見ると、アントーニョはそこにいなかった。きょろきょろと辺りを見回すと、下手でごそごそやっている形のいい尻があった。良く見るとそこにはいつの間にか積み上げられた完熟トマトの木箱が。
「ちょ、それは!今日は!まだいいから!!」
  慌てて箱から引き戻すと、アントーニョはやおらキラキラした目でなんでや!と拳を握り締めた。
「俺、アーサーには昔痛い目見せられてんねん。せやからお礼にあいつにもトマティーナを…」
「それやったら楽しいのがなくなって完全に怒り一本になっちゃうから!誰が後からフォローすると思ってんの!」
  ご機嫌とるの俺なのよ!?そう叫ぶフランシス声は、突如始まった観客の咆哮によってかき消されてしまった。
  いつの間にか、奪われていたマイクを取り返したギルベルトが、哀れなアンプをステージから蹴落として気合の絶叫を上げている。
「ぉらァてめえら!!何ボケとしてんだタマ無しじゃねえってんならもっと吼えやがれ!!!!」
  音!!!と怒鳴られて、フランシスは溜息と共にアントーニョから手を放す。アントーニョもまた、へらへらとした足取りで配置につく。が、こっそりトマトを一個ポケットに押し込んだのは見逃さない。
  多分今夜は、今までで一番ひどい夜になる。確信めいてフランシスは思った。ちらりと横目でドラムセットの方向を流し見れば、こうなることはなんとなく解っていた、という顔でスティックを握りなおすルートヴィヒの姿。
  お互い苦労するなーという言葉は、またしても歓声にかき消される。
  溜息は全て終わった後にたくさん吐こう。それまでは楽しもううんそうしよう。フランシスはそう心に決める。
  寡黙なドラマーの打ち鳴らす轟音から曲が始まり、どっとわく客席。
  かくて、暴君と女王様が織り成す狂乱のステージが幕を開けた。