【独普】Kerzeの炎が消えるまで
自分という存在は酷く不安定なのだと知っていた。
血を浴びて血を浴びせて大地を駆け邪魔をするものはすべてなぎ倒していった懐かしい過去が胸に去来する。
あのときの自分の姿。強く大きくなっていく国土と愛しい兵たちに比例し、漲っていた肉体と精神。怖いものなど何もなかったからいつも笑っていた。そのうち頬が、皮肉な笑み以外の表情を作る方法を忘れた。今は、それも緩くなった。
手のひらを見る。白く、骨の目立つ細い手。
その手のひらで自分の首から胸に触れる。過去の栄光と屈辱が傷跡となって残る肌は冷たく。
憂い、喜ぶ、その対象を殆どなくした身体は、なんと貧弱なのだろう。
最早自分の名を冠した国は無く、歴史を知るものが記した記録の中にだけしか残っていない。紙の上と、古い人々の記憶にほんの少しだけ、刻まれた記憶と記録。それだけが、か細く生き残っているだけに過ぎない。
本来ならばとうの昔に――己の意思でいとしい弟分と統合を果たしたあの日に、自分は消えているはずだった。
あるいは、人々の喜びの悲鳴と共に打ち崩された東と西の壁が崩壊した日に。
統治する人も場所もなくなった自分はまだ存在している。プロイセンという、最早、賛美されることもなくなった名前の付けられた形がここにある。
その理由を知っているか、と、以前、ドイツに尋ねたことがあった。
彼はひどく難しい顔を――それが哀れみの意思を含んでいることを知っている――して、分からない、と答えた。そして、奇跡なのだろう、お前がここにいてくれて俺はうれしい、と、ひどくそっけない言葉で小さく呟いた。
その時は笑って見せた。大嫌いな憐憫を跳ね返すことなく。
そして教えてやったのだ。その理由を。
「俺は誇り高きゲルマンの鷲。戦うために生まれた国だ。そんな俺を、人がどう評したか知っているか?
国が軍を保有しているのではない、軍が国になったのだ――と」
つまり自分は、国としてひどくイレギュラーな存在だったのだろう。
野蛮と謗られようと悪逆と罵られようと、戦い続けた自分は国ではなく軍だ。兵が一人もいなくなっても、人々がそれを覚えている限り――プロイセンという国の民が繋いできた歴史を、生活を、知恵を親から子へ口伝されることがなくなっても、その血は沈黙の中で細々と受け継がれる。
それすらなくなった時に、自分は消滅するのだろう。
「俺は国の残りかすなんだ。今は、統一を果たしたお前という国のなかにいる。悲しいことに平等になりきらないOstenの民の苦しみと喜びが、俺の身体を左右している」
「オスト…」
「ヴェスト、俺を哀れむな。それは侮辱だ。哀れむなら民を幸せにすることを考えろ。未だ落差の激しいOstenとWestenを、正しい姿に導くのがお前と俺の仕事だ。
――俺は幸せだったと言いたい。いつか消える日に」
その時のドイツの表情を、なんと表現したらいいのか。プロイセンには分からなかった。
ただ、共に夕闇を駆けた幼いあの頃、先に走り出した自分を見ていた時の顔に、よく似ていた。泣きそうな――崩れそうな。
「――そんな顔すんじゃねえよ」
だから、プロイセンは思い切り頬を歪ませて、昔のように笑って見せた。
どこまでも不遜に、不敵に。
「安心しろ、そう簡単に死にやしねえよ。案外、お前より長生きするかもな」
握り拳でドイツの厚い胸板を叩く。顎を引いて、弟はぎこちなく頷いた。
冷たく細い拳ではドイツの身体を揺るがすことができないのは悔しい。だが今はそれが真実なのだと、プロイセンは目を閉じた。