02 パッシブ・スタンダード【R18】

「あ…」
  途端、上ずった声が上がる。肌を苛んだ爪の感触に盛り上がった期待を反映して、合わせた性器が反応した。軽く促してやるだけで、腰が持ち上がる。上々の仕上がりだ。
「宿主?」
  故意に甘さを引き上げた、悪どい声で呼んでやった。長い睫が震えて、バクラを見る。意思疎通はそれで十分。
  持ち上げた腰の隙間に片手を差し込んで、肉の殆どついていない尻の狭間に指を滑り込ませる。先走りと一回戦目にバクラが出した精液で、入口はじっとりと湿っていた。見なくとも分かる、少しばかり赤く腫れたその肉の窄まりを、指の腹で丁重に詰る。くぷりと難なく爪の先が潜り込み、ひときわ高い声が漏れた。そのままこじ開け、硬さを増した性器に照準を合わせる。
  片肘を突いて上半身を持ち上げ、バクラはとろんとした目で温い息を吐く獏良に顔を近づけた。
「たまんねえのか?」
  人差し指と中指で入口を開かれ、切っ先を突きつけられている状態はさぞかし堪えるだろう。獏良はむようにバクラを見、肩口に額を押し付けてきた。何も言わなくても察してもらえると理解しきった甘ったれの動きだが、しかしそのとおりなので溜息しか出ない。
  吐き出し終えた息を短く詰めて、腰、と単語だけで促す。獏良はのろのろと手を伸ばして、体重を下向きに下ろした。
  柔らかく解けた入口に、性器の先端がぐぬり、と潜る。
「あ、ぅ、」
  この瞬間はどうにも慣れないらしい、情けない声を上げて獏良は更に強く額を肩に擦り付けた。身体の作用で締め上げる内部に、しかしバクラは容赦しない。こじ開ける必要のなくなった口から手を離し、代わりに腰骨を強く掴む。
  先ほどまでの手緩さが嘘のように、思い切り、奥までぶち込んでやった。
「ひッ!?」
  鋭く鳴いて、細い背中が震え上がった。咄嗟に逃げようとする上半身、だがそれも許すつもりはない。身体を支えるためについていた手も腰に回して、再び仰向けに戻りながらバクラは更に強く己を捻じ込んだ。髪を翻して獏良が悲鳴を上げる。痛みはさほどではないはずだ、ならばこれは、官能の嬌声である。
「や、バクラ、いき、いきなり、ッ」
  非難めいた声を上げる唇は無視。ただ口元に思い切り意地の悪い笑みを浮かべてやった。意図が分からず瞳を揺らがせる、その表情こそ堪らない。聡いようで鈍い、宿主サマもようやく何か感づいたようだ。物言いたげに喉を震わせ、ばくら?と、舌の足りない声で呼びかけてくる。
  戸惑うのも当然だろう、最奥の奥、腹側の前立腺にまで届きそうな深さで中身を埋めているのに、そこからバクラが動こうとしないのだから。
「何、なんで…?」
「あー、面倒くさくなっちまった」
  誰かさんと同じでよ、と、いっとう性根の悪い声で、バクラは言ってやった。獏良が潤んだ目で瞬きをする。
「腰振ってやるのはこれで結構疲れンだよなァ」
「な、え…?」
「困ったもんだぜ、何たって宿主サマはご自分で動かれるのなんざまっぴら御免だって言うからよ?」
  揺れる青い瞳をまっすぐに見やって、口にするのはあくまで白々しい言葉。言い放たれて流石に全てを察したらしい獏良が、ぺちんとバクラの胸板を叩いた。ぴしゃりと鋭い音がしないのは、全神経を下肢に奪われているからだ。痛くもなんともない。
「おまえ、悪いようにはしない、って」
「だからって、てめえは何もしなくていいなんざ言った覚えはねえよ」
  騙されていたと気付いた、獏良はなんとも表現しようのない顔でうううと唸った。バクラの口車に乗せられたこと、じれったくて仕方ないこと、今更やめたくもないこと、とにかく気持ちよくなりたくて仕方がないこと、けれど言うとおりにしてやるのは癪だということ、そんなものが混ざりに混ざって、首まで赤い。闇の中に幽鬼のように浮かぶ白い肌が薄く色づいているのはいやらしくも綺麗なもの見えて、バクラはひゃははと笑った。ご満悦である。
「マンネリしてつまんねえんだろ」
  爪をめり込ませた両手のうち、片手を持ち上げて、汗で湿った頬をゆるゆる摩り上げてやる。首を振って獏良は拒んだ。振れた髪のひと房を掴んで、それすらも逃がさない。
「動きたくねえなら、何もしなくていいんだぜ?」
  オレ様も動きゃしねえけどな。と、意地悪を言って髪を詰る。
「お前だって、我慢してるくせに…!」
「てめえと違ってオレ様は我慢ってモンができるんでな。それにこの状況も悪かねえ、さっきからやたらとビクビク締めてくれてるしよ」
「してない、そんなこと、」
「は。そのお口よりよっぽど素直だぜ、コッチの口は」
  思いつくままに浴びせてやる皮肉に、獏良がぶるぶると震えて唇を噛み締めた。
  どうにもこの宿主は妙なプライドがあるようだ。バクラを振り回すことが楽しいらしく、逆に振り回されたりすることを嫌う。その主張は日常、つかみ所のない言動と行動となってバクラの生活精神をことごとく翻弄してくるのだ。大抵その天然電波にやられてバクラは溜息と共に強制サレンダーさせられることになるのだが、今回は完璧に逆転している。そのことが、意固地にさせている原因らしい。
「っ…さいあく、お前、性格悪い…!」
  かすれた声でそう言われても、こちらが楽しいだけである。ひゃは、と軽く笑うと、再び胸板を叩かれた。続いて爪まで立てられる。
  痛みの箇所を目線で辿るついでに、バクラは重なった下肢にも目をやった。両手を胸についたそのアーチの向こうで、硬くなった獏良の性器が覗いている。色素の薄いそこの、先端を潤ませて透明な粘液の玉を浮かばせているその様子。視覚的には上々だ。
「おーおー、随分いきり勃たせちまって、まあ」
「っ見るな、ばか、」
「見えちまうもんは仕方ねえだろ。てめえで頑張ってくれりゃあ、この手をソッチにもってってやれるんだがなァ」
「っ…」
  ぴくん、と、指の先が震える。後一押しの心の壁は亀裂だらけだ。
  捕らえた手の先、指の先でくすぐるように肌を撫でる。さわさわと這う蜘蛛の愛撫だけで、獏良の腰が硬直した。
「愉しいコトしようぜ、宿主サマ?」
  とどめの一撃は、行為ではなく言葉で。
  十分に官能を突付く、吐息交じりの掠れた声で低くお誘い。鼓膜まで感じたのか、獏良がひゅっと喉を鳴らせて仰け反った瞬間に、中の肉がずるりと擦れてしまった。そうなればもう、手遅れだ。
「っ、も、最低だ、お前っ…!」
  泣き出しそうな声で罵倒してから、獏良の腰が持ち上がる。粘膜に扱き上げられたバクラが短く呻き、前立腺に擦り当たったところで、獏良がびくびくびく、と連続して痙攣した。
「ひゃ、う、ァ、アア、ッ!」
  身体が跳ねる度に刺激が走って、堪らない箇所にぶつかるのだろう。我慢が弾けた細い裸身が滅茶苦茶な動きで身体を揺すり始める。バクラは口元を三日月の形に吊り上げて、それでいいんだよと揶揄たっぷりに言ってやった。捕らえる必要のなくなった腰から手を放して、約束どおりに、切なく濡れた性器に指を絡めてやる。歓喜の悲鳴が鋭く響いた。
「どうよ宿主、てめえで動くのは?」
  お加減いかが、と、問いかけは慇懃に。きっと睨みつける瞳は涙目で、ちっとも恐くなかった。それどころか過虐心をそそられて、更に苛めたくなってしまう。そんな感情は手指で十分表現してさしあげることにするバクラである。
  すぐに終わりにしてはつまらない、こういうことは長く続けて長く苛めるのが愉しいのだ。普段振り回されている分のお礼参りにいろいろと喋っていただこう、本来、立場的にはそうあるべきなのだ――指の輪で加減よく性器を締め上げつつ先端を弄って、バクラは笑う。
「い、ひぅ…ッ!」
「ひいひい言ってねえで答えろよ。具合はどうだ?てめえでイイとこ当てられんだ、悪かねえだろ」
「っるさ、誰が、言、」
「何だ、まだ立場が解ってねえのか」
  どうとでもなるんだぜ?
  指の輪をさらにきつく締め、そう言ってやる。痛みに顔をしかめた獏良がぶんぶんと首を振り、胸に深く爪を立てた。深爪がめり込むほど強いそれに、しかしバクラは嫌味に笑うだけだ。同じだけの強さで、親指の爪を性器の先端に食い込ませてやる。
「いっ、痛、ぃたい、やだ、やだぁあ!」
「やだじゃねえ、言えよ、咥え込んで人の腹ン上で腰振ってンのはどんな気分だ?」
「っ……、」
「いつも言ってるアレはどうしたよ、キモチイイっつって鳴いてるアレ、今日は聞かせてもらえねえの?」
  重ねていく責めに、獏良はひぐひぐと情けなく喉を鳴らした。感情の回路が暴走しているのか、腰を激しく振りたくりながら首を左右に何度も振っている。噛み締めた唇の隙間から悲鳴とも嬌声ともつかない音が溢れて止まらない。ぱらぱらと汗が、雨のようにバクラに散った。
  それでも、言わないと食い込む爪の痛みから逃れられないと解ったのだろう。開いた唇から覗く舌が、言葉の形に震えた。
「き、きもち、い、」
「あん?聞こえねえよ。何がどう気持ちいいって?」
「じ、自分で、動く、の、ッあ、きもち、いぃ…っ」
  蚊の鳴くような細い声で、陥落した獏良が泣きながら訴えた。汗と一緒にこぼれる涙の粒がバクラの口の端に落ち、舐めとったその雫が甘い錯覚を覚える。
  よくできました、と腰から尾骨をなぜてやると、喜んだように締め付けが強くなった。食い込ませた爪も少し緩めてやる。これで終わりではない。
「さあて、それじゃあ宿主サマはドコ突かれンのが一番スキなんだったっけなァ」
  それも教えちゃくれねえかなあ。しらじらしい声で、バクラは更に言葉を引き出す手管を繰り出していく。
  本当はもう爆発しそうだ。陥落して命ぜられるままに吐く獏良の、悔しげな顔は格別である。手の中の性器を絞めたり緩めたりすることで、過剰に動きすぎないように手綱を取れるのも愉しい。塞き止めなければすぐにでも達してしまいそうなそれから伝わる脈動は半泣きの獏良の呼吸と同じくらい忙しなく、浮き出た筋をくすぐってやるもの悪くない。発情期の猫のように、腰が甘く擦り上がるのだ。
  どこと問われた獏良は、最早だらしなく開きっぱなしの口から唾液の筋まで垂らしながら、もそもそと下肢を動かした。両手を後ろ手にまわしてバクラの腿あたりにつき、思い切り腰を突き出した姿勢になることにより、腹側のその、たまらない箇所とやらに当たる。どれだけいやらしい格好をしているのか、本人はわかっていない。
「こ、ここ、」
  ぐっ、と前後に突き動かして、獏良が言う。粘膜に先端を擦られて、バクラもまた熱い息を吐いた。
「ここ、が、何だ?」
「っ…ここ、に、バクラの、あたる、のが、気持ち、いい、」
  言ってから羞恥が過ぎったのか、獏良がくうと切なく喉を鳴らす。それでも、一度開いた唇は閉じない。でも、と、そう形をつくる。
「あ?」
  でもって何だ、と、バクラは言う。
  潤んだ二つの青い目玉にはバクラの顔が映っていた。綺麗な顔を台無しにして、肉欲と他に後ひとつ、名前もわからないが何か狂おしいものを秘めた両目。それらがじっとこちらを見ていた。
  そうしてまた、唇が、開く。
「バクラ、に、ぜんぶ、して欲し…」