【独普】Hallo! Mein bruder. いたずらはKaffee味
独×普人名パラレル・兄弟設定
二人で映画館に来ているというのに、何をしているのだろう、と思う。
ギルベルトがどうしても観たがった映画はどうやら人気の作品らしく、こういうときだけ用意のいい彼は、公開日が決まると同時に二人分の席を確保した。ちなみに同行者たる自分のスケジュールは一切確認していない。もし俺がその日に用事があり同行できなかった場合、近場に友人もいない(というか場所を限定せずとも友人が殆どいない)彼はいったい、二人分の席をどうするつもりだったのか。
幸いというかなんと言うか、予約を取った日は特に予定もなく、行くよな?という質問もなく決定事項として、晴れた休日に、こうしてシートに座っている。
隣にギルベルトはいない。
何をどう間違ったのか、三列先左ななめ四十五度ほどの席に、見慣れた銀髪が薄明かりに煌いていた。
スクリーンに集中できずに、先程からずっとそちらを意識してしまう。
ああこれもすべて、一時間前の悪趣味な悪戯のせいだ。
「いや、まさか席が離れてると思わなかった」
「電話で確認したんじゃないのか?」
「したぜ。なんか込んでるからどうのこうのつってたからとにかく二席用意しろっつっといた」
「そうか。原因がよく解って安心した」
そんな情けない会話をしながら、開演時間の迫るロビーでコーヒーを飲んでいた。
既に大半の客は席についているようだ。残り数分となった今、未だこんなところで雑談をしている客もいるまい。もともと小さな映画館のこと、座席数も少ない。売店の店員もあくびをしていた。
空になった紙杯を玩びながら、ギルベルトは悪びれた様子もない。
「ま、観ながら喋るとかもしねえんだし、休憩時間に顔合わせればいいだろ」
ギルベルト所望の長編映画は間に休憩が入る。おおよそ四時間、二時間で数十分ほどの空白が出来、そこで観客は飲み物を買うなり軽食を取るなりする。
そのことに不満はない。彼の言うとおり、上演中の私語などもってのほかだ。まあ後半でクライマックスに差し掛かった時、涙もろい兄が自分の肩以外のどこで涙を拭うのか、非常に気になってはいるのだが。
あともうひとつ。非常に不本意ながら、俺はどうやら、ギルベルトが何かに集中している時の横顔を見るのが嫌いではないらしい。
自宅で映画を見ている時も、赤紫の瞳がまっすぐに画面を見詰めているのを横目で眺めることがある。普段はふざけてばかりの兄の真剣な表情は、珍しいというより、見入ってしまう。
映画館の薄闇の中でも目立つ白い頬と瞳は、きっと美しいだろう。密かに楽しみにしていた、と言ってもいい。
そんな内心を吐露する気は無論なく、それでも顔には出てしまっていたようだ。ギルベルトは紙杯をゴミ箱に捨て、振り返った視線で俺をじっと見ていた。
「…何だ」
「いや、別に?」
おっかねえ顔してっからよ――と、彼は軽い口調で言い、ソファに座る俺の前に静かに歩み寄った。
向こうには閉じた扉。もうすぐ開演のブザーが鳴るだろう。
そろそろ席に戻るか。そう言おうとした唇を、塞がれた。
「……!?」
舌が滑り込む。苦い。コーヒーの味だ。違う、そんなことはどうでも良い。ここは映画館で公共の場で映画はもうすぐ始まって――ああ、何日ぶりの感触だこれは。薄い唇が重なったまま笑みの形を作る。湿った音が。違う。そうではなくて!
「っ、ギル!」
「おあ」
両肩をきつく、力任せに掴んで引き剥がした。咄嗟に売店を見やる。店員は船を漕いでいた。安堵する。
「お前――、何を考えて、」
「怒るなって。別れのキスくらいさせろよ」
「別れだと?」
「二時間のお別れ。寂しいぜ、愛しいルッツ。俺が隣にいなくても恋しくて泣くなよ?」
「ば――」
馬鹿者、と叫ぼうとしたところで、長く伸びるブザーにさえぎられた。
低い耳鳴りのような音が俺とギルベルトの間を裂く。彼はにやにやと嫌な笑みを浮かべながら、親指で俺の唇を軽くなぞり、身軽にきびすを返した。
「In der Pause koennen wir uns wieder treffen.――続きはまた、後でな」
白い腕がひらひらと揺れて、一足先に扉を開く。取り残された俺は手の中の紙杯を握りつぶして呻いた。
そんなことを言われて、誰がスクリーンに集中できるものか!