【R18】【V×W】psychedelic acid lips

部屋の中は、甘い香に満ちていた。

「遅ェ」
 寝台を占領していたWに、開口一番そう云われ、Vは眉間にこれでもかという程の皺を寄せた。
 見慣れた室内。自国の品で整えられた内装。Vは確認する。此処は自室だ。一瞬、部屋を違えたのかと己を疑った。というか、疑いたくなった。
 足の裏に伝わるのは、母国の糸で織られた極彩の絨毯の感触。其の上に、まるで足跡を残すように、色とりどりの包装紙や解けたリボン、紙屑が点々と転がっている。目で辿っていけば其処は寝台に辿り着き、敷布の上は、床よりも更に大量の屑と様々な菓子を散らばせた中で胡坐をかいた、Wの姿があった。
 幾度云っても聞かぬ、此度もまた土足の侭、磨き上げられた純白の靴先を、遠慮の欠片もなく寝台に上げている。
「……何をしている」
「見りゃわかんだろ」
 云いながら、手にしていたトリュフの箱から小さな塊を摘んで一口。空になった箱を適当に放ると、放物線を描いた其れは積み上がった屑にぶつかり、ダークレッドの包装紙が床へひらひらと零れ落ちていった。
 見れば分かる、と云われても、Vには、Wが我が物顔で他人の部屋を占領し、菓子を食い散らかしているようにしか見えない。
 嫌がらせ以外の何と受け取れというのか。Vは赤い瞳を眇め、極寒の冷視線でWを睨み付けた。
「菓子を食い散らかしたいのなら、自分の部屋でやれ」
 Pを呼んで部屋を片付けさせねば。後々の手配を面倒に思いながら、Vは散らかった床を踏みしめて進み、不遜な侵入者の前で、其の悪びれない表情を真上から見下ろした。
「何のつもりだ、貴様」
 問いかけに、Wは口の中のトリュフを咀嚼しながら、にたりと笑う。
 嚥下してから、指先に付着したココアパウダーをひと舐めし、
「お前を待っててやったんだ。感謝しろよ」
 尊大に言い放ち、傍らの袋に手を伸ばす。次の瞬間には、鮮やかな蛍光ピンクのマカロンが掌に握られていた。
「今日は僕の日なんだ。お前にも貢がせてやろうと思って、待っててやった」
「貴様の日だと?」
「そうだ。Oが云ってた。今日はホワイトデーだって」
 だから、寄越せ。
 と、チョコレートで汚れた掌を、Vに向けて差し出すW。
 Vは脳内のカレンダーを立ち上げ、日付を確認し―――今日が、日本で定められている菓子の日だということに思い当たった。
 ホワイトデー。欧米の習慣であるヴァレンタインデーと対になるよう、日本の製菓会社が定めたものであり、宗教的にも政治的にも何のかかわりの無い、極めて商業的なイベントだ。全く、日本という国は呆れた無宗教国家である。
 無論、ヴァレンタインデーに縁も所縁も無いVにとって、この日が特別である訳が無い。更に云えば、名称は確かに「ホワイト」デーと名づけられているが、其れは製菓会社が最初に其の日用に作った飴だかマシュマロだかが白色だったのでそのような名称になっただけで、断じて、Wの日ではない。
 というか、この無知の塊のような人形が何故、そのようなイベントを―――そうか、だから「Oが云っていた」か。
 面倒なことを。
 再びの嘆息をつき、Vは勘違いした子供が突き出してくる、物欲しげな掌を払った。
「貴様にくれてやる物など何も無い」
 退ね、と冷たく言い放つ。するとWは、見る見るうちに顔を不機嫌に歪ませ、持っていたマカロンを床に叩き付けた。
「何でだ!Oはくれたし、他の連中だって僕が云ったらちゃんと寄越した!」
 其れは、ヴァレンタインデーに『お返しはちゃんと頂戴ね!』と恐ろしい程眩い笑顔でチョコレートを配り歩いていたIに向けたものの一部だったのだということを、Wも知らない。無論、Vも知らない。
 が、ガルドに籍を置く者は、一年に一回の子供じみたイベントを許容できぬ程、身内に対し冷酷ではないのだ―――基本的に世界中に散っているアフターRは与り知らぬことではあるが。
 そんな日常を知らぬWは、寝台の上で駄々を捏ねる子供のように―――否、実際に駄々を捏ねる子供其の侭に癇癪を起こした。
「僕の日なのに!お前は僕の奴隷だろ!」
「俺は貴様の奴隷ではない。口の利き方に気をつけろ」
 床で潰れたマカロンを拾い上げ、Vは冷徹に言い放った。割れた表面からはみ出した白いクリームが手に付着し、ますます不快な気分になる。
 未だ何か文句を並べようとするWの口に、其のマカロンを押し込んでやった。
「んむ!?」
「そんなに欲しいのなら、其れでも食っていろ」
 俺の手から食わせたのだから、此れで満足だろう。
 続けてそう吐き捨てると、Wは一度、目を丸くしてぱちくりと瞬きをした。
 床に一度落ちた菓子、ということは特に気にはならないらしい―――寝台や床に広げて食しているのだから、普段からそのようにしているのだろう。
 野蛮なのはどちらの方だと、苛立ち紛れの文句は胃の中に落とす。
 Wは暫く、口にマカロンを挟んだ侭で呆とVを見上げていたが、やがて、もそもそと咀嚼し出した。
 あれで納得するのか。
 流石は餓鬼人形、と、侮蔑を込めて思うVだ。
「気が済んだのなら、さっさと出て行け」
 嚥下したのを確認し、Vは顎で入口の扉を示してみせる。
 だが、Wは青い瞳を不足げに細め、首を振った。
「…まだ」
「何だと?」
「まだ、足んねぇ」
 今度は両手を、Vに向けて突き出すWである。
 明確に、赤い瞳に苛立ちと怒りの焔が燃え上がる。
「貴様、いい加減に―――」
 と、言葉は衝撃に掻き消された。
 Vの目の前で、沢山の紙屑が風圧に負けて空中に舞い上がり、視界から外れ床に舞い落ちる。目の前には、倒れた瓶から零れたキャンディと箱から溢れたマシュマロとを散らばせ、無数の包装紙を下敷きに寝転がって笑う、Wの顔。
 伸びた腕に肩と首を絡め取られ、引き寄せられたのだと理解するのに、時間は必要なかった。
「足んねぇ。もっと寄越せ」
 云いながら、Wが両足を開いて、Vの腰を引き寄せる。
「寄越せよ、僕の奴隷」
「―――菓子の次は快楽か」
 とんだ大喰らいだと、Vは冷めた声音で吐いた。侮辱にも当たる言葉に、しかしWはその意を汲み出せず、返って笑みを深くするばかりだ。
「菓子食うのは、美味いから気持ちいい。お前とするアレはもっと気持ちいい」
 唇の端のホワイトチョコレートを舐め取って、舌に乗せて見せながら云う。Wの声音は、無意識に甘さを含んでいた。
「もっと菓子寄越さないなら、特別に、お前のカラダで許してやる」
 だから、寄越せ―――と、幼い暴君が腰を摺り寄せて囁いた。
 こうなったWを拒絶することは、Vにとって些かも心苦しくはない。
 只、拒絶すればするだけ、後から喚き立てて厄介なことになるというのも、彼はよくよく理解している。
 気紛れとはいえ、面倒な人形に手を出してしまったものだ―――と、邂逅の時を悔やんでも、今更遅い。
 かといって奉仕してやる気など更々無いVは、三度目の嘆息と共に、Wを横に転がし、無残に散らかった寝台に、どすりと乱暴に横になった。
「喰いたければ勝手に喰らえ。俺は知らぬ」
 屑の不快な感触を、二重のクッションに背中を預けることで回避したVが云う。Wは退けられた不快感を尖らせた唇に乗せながら、しかし、次の瞬間には、口元を三日月のように吊り上げて、笑っていた。
「―――いいぜ」
 云いながら、菓子を膝で踏み潰して、Vの腹に跨るW。其の瞳はまるで、月夜の猫のように爛々と輝いている。
 大好物を目の前にして、舌なめずりをする子供の顔だ。
「覚悟しろよ。お前の全部、喰い散らかしてやる」
 尊大に言い放つWの指先が、極上のビタースウィートの肌を、味見するように撫でる。其の表情の満足げなことといったら無い。
(全く―――)
 つくづく、面倒なものに手を出した。
 四度目の嘆息は、口の中で霧散する。
 上機嫌で降って来たWの唇は、胸焼けがする程に甘かった。

 胸焼けがする程甘い唇を引き剥がすと、白い髪に縁取られた頬が不満そうに歪んだ。先程の満足げな表情が嘘のようだ。
「何嫌がってんだよ。好きにしろっつったのお前だろ」
「貴様の口の中が気持ち悪い」
「あァ!?」
「何とも頭の悪い味だ。貴様には似合いだがな」
 吐き捨ててやれば、ぎゃんぎゃんと喧しく頭の上で吠えられる。そんな会話も其れこそ『頭の悪い』。
 食い散らかした菓子と此れから食い散らかされるらしい菓子に跨ったWを、何の感慨もなくVは見上げた。口の端に残ったマカロンのクリームがみっともない。只でさえ其の気の起きない身の内が更に萎える。
 喚く声が後一匙分加算されていたら、先程の言葉も反故にしVはWを蹴り出していただろう。
 首筋に鋭く噛み付かれ、反射で口の端から音が零れた。
「ッ…!」
 続いてぬるりとした感触。天鵞絨のような舌が傷ついた肌を舐め上げる。首の筋、重要な血管を綺麗に辿ってつるつると滑っていくWの舌が、痛みと紙一重のざわりとした感覚を与えて過ぎる。
 本当に喰らう心算なのやもしれぬ。血肉を貪る第一幕のような歯の立て方に、Vは哂う。
 其れは無いだろう。甘味と程遠い血と肉の生臭い味を、この子供舌が好むとは思えない。
 欲しいのは焼け付く程の快感。知識の薄いWが、日々、己が身で受けた快楽の手ほどきを辿っているのは容易に知れた。
 行為の前に首筋に喰らい付くのは、Vが良くやる痛みの揶揄だ。
「不味い」
 ぺ、と口内の血を敷布に吐き出して、Wが呟いた。
「チョコみたいな色だから、甘いのかと思った」
「貴様は本当に頭が足りない」
 其処に脳は詰まっているのか、と腕を上げて髪を掴んでやる。頭皮が引き連れる痛みに、Wの瞳が眇む。
 其の侭吠えられるかと思ったが、血の付いた口元はにいと吊り上がり笑んで、赤い舌が上唇を舐めた。
「まあいいや。あとで気持ちよくなるなら」
 僕が、と付け足した指先が、Vが何時もする行為を忠実になぞって行く。彼方此方を食むでなく噛む仕草は獣のようで、柔らかい部分に食い込む滑らかな歯に容赦は無い。学習だけは一人前だと、痛みに軽く顔を顰めたVが無言で見下ろす時間が、暫く続いた。
 動きがぴたりと止まったのは、Wの手が不慣れも露わに己とVの着衣を剥ぎ切った時だ。
「―――気は済んだか、餓鬼」
 疑問の表情を浮かべ、跨った侭首を傾げたWに、Vの冷たい声が響く。
 赤い唇は少し開いて何か問いたげな形状。所在無い指先は褐色の腹の上。理解出来ない事象を体験する度に不機嫌に寄せられる眉間から、Wの機嫌が悪い事を知る。
 問うまでもなく、彼は自分から口にした。
「この後、どうすんだ」
 とは、困惑と苛立ちを当分した言葉。
 ああ、とVは思い当たった。
 勃起していないのだ、自分も、この子供も。
 下手糞な前戯に昂ぶった素振りを見せる必要は無い。Wは痛みを快楽に変換する身体に育っているが、其れもVの気紛れで嗜虐的な行為から成り立ったものだ。触れられていない身体は、只相手に痛みを与えるだけでは反応しない。
 常ならば逆の立場で、痛みを与える事でゆるゆると上昇する熱をVは持たず。噛み付かれ痛む肉体にぞくぞくと興奮するWは未だ平常の侭。
 立ち止まった性交に、白けた空気が漂う。教えてやるのも面倒臭く、Vはもういい、と背中を起こした。
「何だよ、僕はよくない」
「続ける気が無いなら終わったも同然だろう」
「まだ気持ちよくなってねえ!」
 退け、と吐くがWは頑として譲らない。互いに着衣を剥いだ姿での押し問答。
 互いに苛々と不愉快が募ってきた所で、Wは「あー!!!」と不機嫌極まる叫びを上げて、唐突にVの性器をきつく掴んだ。息を詰まらせる目の前の顔を睨み付け、何の準備もされていない頑なな己の莟に、強引に先端を押し付ける。
 当然、痛い。
「痛ッ…! あークソったれ!入れよバカ!!」
「入る訳が無いだろう、貴様真性の莫迦か!」
「いつも入ってんだから入んだろ!やれよ早く!!」
「やると望んだのは貴様の方だろう!」
 またしても、頭の悪い問答は続く。其の間にもぐいぐいと押し付ける動きは変わらない。
 無防備な先端を擦られ、快感というより痛みがこみ上げる。Wに比べ沸点の高いVも、短気である事に変わりは無く、併しこの侭押し付けるだけの行為を続ける気にもならない。
 鋭い舌打ちをしたVは、Wの肩を強く押しのけると、再びWの頭を掴んだ。有無を言わさず、反応の無い己の性器を、怒鳴る形に開いたWの口内に押し込んだ。
「んぐぁ!!?」
 生温い肉を押し込められた唇が、驚愕と怒りに意味不明な呻きを上げる。すぐさま歯を立てようとするのは予測済み。不恰好に四つ這ったWの、高く上がった臀部の狭間を、Vの長い指が滑った。
「ん、ぅう…ッ!」
「貴様が勃たせて見せろ。此処に欲しいのならばな」
 此処、と云いながら、乾いた入口を指の腹で軽く詰る。途端、跳ね上がる腰の動きは期待を拾い上げて歓喜の一欠けらを覗かせた。
 不満げな瞳は上目遣いに、Vを睨みつける。
 無遠慮な視線を見下ろし、Vは漸く、何時も通りの酷薄な笑みを口元に刷いた。
「―――舐めろ」
 貴様の好む甘菓子のようにな、と、付け加えるのは無知にくれてやる揶揄だ。
 其の揶揄を揶揄の侭理解出来ないWは、口を開いた姿で暫く、落とされた言葉の意味を脳で言語を咀嚼しているようだった。
 今気持ちよくなる為に必要な行為。
 口唇で愛撫する事が屈辱的な行為だという事は、教えられていないので解らない。
 只、此れが硬くならないと気持ち良くはなれない。内側を擦る悦楽が手に入らないのだ―――些か難解な言語を理解したのか、蒼い瞳を軽く伏せ、肉の幹にぬるりと舌を這わせた。
く、と、Vが喉を詰まらせ、そうして、内心では嘆息。面倒臭いにも程が在る。
 白い頭がもぞもぞと動き、褐色の肉幹が可憐な唇を陵辱している。唾液がぬらり光り、前戯と同じく下手糞な口淫は無駄な動きが多い。菓子のようにと云ったのが悪かったのか、飴を舐めるが如く上下する舌は稚拙で、唇を窄め口内を狭くする術も知らぬ。喉を開く事も無い。
 何かを上手く実行させるには教える事が必要だ。けれど其れも面倒臭い。
 此れで勃つものかとクッションに肘を付き頬杖を突いたVが、不意に強く息を詰めた。唐突に、Wが性器ごと唾液を強く啜ったのだ。
「ん、…ッ?」
 こみ上げた感覚が直線で性器に伝わる。硬度を増した其れを感じ取り、Wが視線を上げた。眼が合う。
 不覚にも顔に快楽の陰りが見えたのか、理解した青い瞳が笑った。
 そうかこうすると硬くなるのか、と、眼が物語っている。
 再び瞳を伏せたWが、断続的に頭を揺らして、容赦なく其れを啜り上げた。
「ッ、く……!」
 哂った蒼い瞳に不快感、腹に溜まるのは漸く頭を擡げた快楽。
 餓鬼如きに揶揄される筋合いは無い。が、感覚は悪くない。下手糞ながらも繰り返される強引な吸引に、身体の熱が高まっていく。
 翻弄される気は全く無いので、遊ばせていた指先で入口を辿る。びくん、と音を立てそうなほど激しく、細い腰が跳ねた。口淫が弱まる。
 誰が休んで良いと云った、と唇に乗せ、Vは欲しがる莟を中指の腹で小刻みに刺激した。途端に余裕を崩したWが、びくびくと期待に下肢を震わせる。眼は届かないが、様子からしてWの性器にも反応が始まっただろう。所在無かった白い指先が、這った己の腹を潜って、脚の間へと伸びている。
 自慰を始めれば口の動きは止まる。この子供が他人と自分の快感を天秤にかければ、どちらに傾くかは自明の理。手を放し、代わりに自分勝手な白い腕を取って押さえつけた。睨み上げる瞳がもう、濡れている。
「勃てろ、と云った筈だが?」
 お預けを喰らわせた入口と性器がひどくもどかしいのだろう。反論する事も無くWは、唇と舌の愛撫を続けた。啜り上げて舌で擦り、焦っているのか先程よりも動きが乱雑に乱暴に変わっている。
 其れくらいが丁度良い。漸く波となってこみ上げて来た快楽は、Vの苛立ちを浅くし愉悦を深くさせる。
 苦しげな呼吸が酷く乱れ始めた頃には、Vの其れも挿入が可能な程度に育っていた。
 もういい、と告げれば、Wは直ぐに顔を上げる。
 何かきちんと云う余裕もない、Wは唇の端ではやく、はやくしろとうわごとの様に呟きながら身体を上げた。Vの云うとおり、軽い入口への愛撫と大半の期待で先走りを垂らす性器が、見た目だけは清廉な姿に似合わない程浅ましい。
 Wは再びVの腹に跨り、忙しなく腰を揺らした。先程と同じように、入口に先端をこすり付ける。
「―――好き者が」
 淫らな姿に暴言。違えては居ない表現。
 体勢を入れ替えるのは手間が掛かると判断し、Vは細腰を掴むと、Wを乗せた侭で内側へ腰を進めた。一瞬の抵抗と、ぬめりの無い内部がWの唾液ですべる感触。慣れたもので、挿入に時間は掛からない。
「ぁ、は…ッ!」
 雷撃でも受けたかのように、Wの背中が激しく反った。Vの腹に置いた指先まで震える。
 此れを待っていたのだと、恍惚とした瞳が笑んだ。片脚に着衣の残骸を纏わせ、白い麗躯が歓喜に咽ぶ。
「あ、これ、これが、欲し…ッ」
 口淫の名残で濡れた唇から、とろりと唾液が溢れた。夢見心地で呟いた言語は、律動の前だというのに絶頂に近く蕩けた其れ。
 其の姿は、嫌いでは無い。
 綺麗な人形が淫らに悦ぶ様を眺めながら、Vの口の端と瞳の奥にも、同じ恍惚が揺れた。
「口を閉じていろ。舌を噛みたくなければな」
 はじまりの言葉は睦言には程遠い。細腰を掴むVの指先が柔肌に食い込む。
 痛みに喜んだ瞳を確認しながら、埋まりきらなかった部分を容赦無く突き込んだ。
「ひィあっ!!」
 笑いと痛みと喜びが混ざり合った悲鳴がWの口から漏れる。激しい小刻みの振動に爪の先まで震えていた。
 愛情も思いやりも一切無い、己の為に己の快楽を追及する為だけに繰り返される注挿を、内部の肉で受け止める顔は酷く淫らだ。みっともないと表現しても良い。
 其の顔に奇妙な快さを引き出され、よく見えるようVはWの髪を強く引いた。正面で眺める痴態は、そう、悪くない。滅びの一端を握るようで悪くない。
 同じような顔をしている事に、Vは気付いていないだろう。濁った蒼い瞳が赤い瞳を捉え、哂う。
「や、べぇ、すげえ気持ちい、ッ、なあ、気持ち、い、ィって」
「見、れば解る、ッ、酷い面だ、」
 切れ切れの言葉は会話を成していない。
「奥、ッまで、入っ、ん、ぁ、ソコ、擦れ、て、あ、いいッ…!」
 更なる結合を求めて、Wが腰をくねらせて落とす。傍らの菓子を押し潰す。如何でも良い。
 乱れたシャツの隙間でうねる醜い傷痕と突き立った乳首がちらちらと覗く。頭が沸騰する。不愉快は何処へ行ったのか、珍しく愉快な気分だ―――この甘ったるい菓子の匂いが頭を悪くする。まるで質の悪いアシッドのようだとVは笑った。滅多に無い感覚。嗚呼、愉しい。
 向かい合った腰を引き寄せ、傷痕を通り過ぎ硬く粒になった乳首に歯を立てた。
「ひぅぁっ!」
 其処を痛めつけられるのが嫌いではない事を知っている。髪を振り乱し仰け反り、反動でVの頭を抱え込む。
 常ならば、快楽を極める為の行為、其の邪魔になるような動きは端から全て引き剥がす。相手の感情も感覚も関係なく、追い求めるのは自分自身の絶頂のみ。其れはお互い様だ。
 吐き気のするような愛の交歓ではなく、只気持ちよくなる為の方法としての性行為。抱き合う必要は無い。
 だというのに、この不恰好な抱擁を許すのは、頭がぐらぐらと甘く浸されているからだ。
 視界の端の色とりどりの包装紙が、律動で揺れて揺れて混ざる。重なり合う汗ばんだ肌。騒がしい色彩。間近の忙しない呼吸渦を巻く極彩色絡みつく長い髪混ざり合って気持ちが悪い―――気持ちが良い?もうどちらでも良い。
「―――ひは ッ」
 顔を上げると、白磁の肌を赤く染めたWが笑っていた。
 並びの良い歯を見せて、唾液と汗と生理的な涙で美しい顔を汚し、子供がするように、狂気を纏って笑っていた。
「は ははッ、あははははははははは! 気持ち、ィ、もぉ、すげェ、あ、何コレ、っ」
 気狂いの嬌声は高らかに室内に響き渡る。耳障りだと感じ取る器官はきちんと作動しているのに、舌打ちする気にはならない。ああ、此れではまるで俺が気狂いのようだ―――甘く滴る空気で伝染した、出来の悪い人形の思考。そうとしか思えない。
 最奥を抉るように突き上げると、Wはけらけらと喉を反らせて笑い、円を描くように腰を回した。狭い内壁がVの性器を、其れこそ先程の口淫の如く啜り上げる。
「く、ぅッ…!」
 濡れた呼吸を感じ取り、間近のWの顔が更に寄ってくる。
 噛み付くような接吻。突き上げは容赦なく。
 口の中で意味を成さない悲鳴が短く長く上がり、細い両腕が背骨に喰らいつく。
 交換する唾液は、酩酊する程、
「あま、い」
 其れはどちらの呟きだったのか。其れすらもう理解出来ない。
 この状況は余りにも可笑しいのではないか、と、Vの頭の片隅で信号が点滅していた。
 拾い上げる余裕をなくしているのか、心算が無いのか―――両方なのか。何にせよ、貴重な愉悦は逃すまい。
 絶頂が近いのか、縋るWの指先に力が込められた。しとど濡れた下肢でびくびくと開放を待ちわびる性器、其れを、腹を押し付けて刺激してやった。
「ひッ、ぁ、は、出る、出るッ…!」
 舌の足りない声でそう訴えられ、応える唇をVは持たない。
 聞こえてはいるが、其処から何か行動に繋げるという思考がもう無い。出る出ると訴える唇を塞ぎ、頭を悪くする劣悪な麻薬のような唾液を絡めた。
 奥を抉る。腰を持ち上げて反らせ、腹を重ねあって射精。
「ん、っぐ、ぅ…―――ッ!!!」
 激しい痙攣が波のように爪先から頭の先まで伝わり、互いで舌を噛んだ。
 がくりと脱力。クッションの海にVの背中が沈む。繋がれた侭、Wがその胸に倒れる。
 舌先に滲む血の味すら、甘く感じて―――汗みずくの裸身を折り重ね、長い時間、嵐のような呼吸だけが響いていた。

「…矢張りな」
 翌日。
 手元の資料を眺め、Vは疼痛の残滓が残る頭を軽く抑えて呟いた。
 昨晩の醜態の原因を探るべく、Wの口にしていた菓子の成分分析をMに依頼した。結果、Wが最後に口にしていたマカロンから、大変に質の宜しくない薬品成分が検出された。最中、まるでアシッドだとおぼろげに思っていたが、まさか其の通りだったとは。
 薬香に幼い時分から慣れているVは兎も角、Wは多分なるダメージを受けたと見え、未だ嘔吐と頭痛に悩まされているらしい。
 一体、誰が誰に渡す予定であった菓子を分けられたのか―――興味も無いので詮索もしない。ガルドではそう珍しい事でもない。
 納得したのは、あの行為がトリップによるものだったという事だ。
 でなければ―――あのような、
「…気味の悪い性交など、誰がするか」
 抱擁と接吻と、呼吸。視線。在り得ない。
 フラッシュバックする、昨日の、今身を横たえている寝台での出来事。
 Wが行為の最中に笑い出したり、奇行を繰り返すのは何時もの事だ。しかし、接吻や抱擁を求める事は無かった。余りにも律動が激しい時などは、身体を支える為にしがみ付いて来たりしたものだが、あのような気色の悪い腕の回し方はされた事が無い。思い起こせば、やけに気持ちが良いと叫んでいたが、其れも薬品の所為か。
 甘く濡れた瞳が物欲しげな唇が、縋りつく指先の強さが、重なった腹の熱が、思い出される。
 途中まで、そう、口淫の途中までは常の通りで居た筈だ。其の後の急激な変化は、局部からの成分吸収が原因だろう。其処からじわりじわりおかしくなった。
(―――まあ良い)
 嘆息を付き、Vは気だるく瞳を閉じた。
 あの愉悦は仮初で、自意識で行ったのではなく、薬品による脳のへの作用が齎したもの。
 そうと解っていれば、何も気に留める必要は無い。感情は伴っていなかったのだから。
 手の内の紙を寝台の外に投げ捨て、Vは疼痛を抱えクッションへと背中を預けた。
 如何せあの人形も、眼を冷ませば忘れているだろう。
 其の方が都合が良い。
 寧ろ此方も忘れてしまいたい。あのような―――甘ったるい行為の、感触など。

 ―――全く、面倒にも程が在る。

 二度目の思考を胃の中へ。未だ手に残る感触ごと、Vは調書を握り潰した。