【同人再録】たぶん人生は上々だ。B-4【R18】

 ボリュームを一上げたくらいの声量で、獏良は小さく訴えた。もっとためらえばいいものの、いや、そこまで要求するのは無謀だ。そういうプレイとお互いわかっていてするならともかくとして。
 お望みの口を開いて、長い舌をべろり、出して見せる。そのまま唇をひと舐め。あからさまな期待に獏良の呼吸が乱れる。
 触れる触れないの境界で故意に息を吹きかけること二回。焦れた獏良は、自分から腰を差し出してきた。味はないが気持ちの悪い粘液と、熱を上げた性器が唇を割る。
「んんっ…!」
 耳の先までぶるりと震えて、獏良は満足そうな声を上げた。こちらは内心うげえ気持ち悪ぃやっぱり口にいれるもんじゃなかったかこのローション野郎、とか思っているが、目を閉じた獏良はそれを知る術を持たない。ソファの生地に爪を立てて、切なげに眉を寄せている。
「あ、あ、ッは、」
 せいせいと、普段より早い呼吸を漏らす唇が濡れている。本当はそこに自分のナニを突っ込んでしまいたい――状況が許すならそうしたいバクラだったが、『丁寧』を約束してしまったしたまにはこんな獏良も悪くない。長い舌を性器に巻きつけて強く吸うと、押さえた腿の裏の筋がそうと分かるほど引きつった。
「ぁっ…、んん、ん、」
 鼻にかかる甘ったるい声が、いつもよりも高い。きゅっと口を閉じたその隙間から、ん、が何回も漏れた。顎の裏側の凹凸で先がこすれるようにしてやると、腰が更に動く。はさはさと髪が左右に揺れた。
 随分ご機嫌じゃねえか、とからかってやりたいところだが、あいにく口は塞がっている。口でするのはこういうデメリットがあるから好きではないのだ。言葉で苛めて身体で責めることができない。
 それでも言うは言わぬの何倍か、その分行動で苛めてやればいいかと前向きに思考した結果、バクラは留守になっていた手の方を動かすことにした。
 音を立てて吸って緩めてやったせいか、ソファの上に滴るほど唾液とローションが染みて、まるで粗相したようになっている。そのソファと身体の接地面にたまった粘液を指に絡めとると、バクラは顔のすぐ近くにある入口に、指二本分、爪一枚分の深さだけ侵入してみた。
「ひッ!?」
 思いがけない刺激に、ひっくり返った声を聞いた。視線だけ上げると、青い目もまたこちらを見ている。
「い、痛い、いたい」
「あ?」
 咥えたままなので言葉にはならない。疑問符だけを簡潔に述べて、バクラは訴えられた箇所を覗った。
 これだけ顔が近ければよく分かる、本来は出口である入口は赤く腫れていた。慎ましやかであるはずの柔肉が盛り上がり、熟れた果実の色に染まっている。連日交わればこうなるのか――やはり、身体があるとやりづらい。心の部屋なら傷など気にしなくていいものを。
 同時に、丁寧にしろというのはこういう意味かと理解するバクラだった。別に獏良の穴が痔になろうが血まみれになろうがかまわないが、それを理由に禁欲を申し付けられると後々厄介な気がする。あと家事とか掃除とか。そういうもの全般を押し付けられる可能性も少なくない。
 自分は合理的なのだと一人勝手に頷いてから、バクラは一旦指を抜いた。ほっとした獏良がつめていた呼吸を抜く。
「おい」
 ついでに口の中のものも引き抜いてから、バクラはぞんざいに獏良を呼んだ。
「なに…?」
「痛えのかよ」
「ちょっと、」
 痛い、と、珍しく控えめな肯定が返された。恐らくすごく痛いと言ったら中断されてしまうのでは、と危惧したのだろう。まったく、この状況で自主的におあずけを己に強いるなどするわけがないというのに、この手付かずの下半身をどうしてくれる。どれだけ気分が盛り上がっているのか知らないが、まあ結構なことではあるのだが。
「痛い、けど、だから丁寧」
「へいへい」
 分かってるっつうの耳にたこができる。と述べてから、バクラはまだ半分ほど残っているローションのボトルを手に取った。中身をすべて手のひらに出し切って、右手の中指にたっぷりと絡める。その間に、もう片手で獏良の腕をぐいと掴んで引き上げた。
「座れ」
「え」
「座れ。そんで両足肩に乗せろ」
 命令に、わけが分からない、という顔をする獏良。
「てめえが寝てるとやりづれえ」
 とっととやれよと端的に申し上げると、獏良はのろのろと腰をかばいつつ起き上がって、バクラの目の前に性器を晒す形で足を開いた。
 裸の足裏を肩に乗せ、尻というより背中を座面につけるくらいの深さで座ることによって、入口がますますあらわになる。まるで何かのアダルトビデオにありそうな姿勢で、獏良は所在無い両手をなぜか自分の腹の上に置いた。
 これでもっと羞恥心に満ちた表情を浮かべてくれたら完璧なのに。内心思いつつ口には出さない。代わりに、かつてないほどぬるぬるになっている右中指で、腫れた縁をくるりと撫ぜた。
「ん、」
 く、と唇を噛んで、獏良が眼を閉じる。その表情も、この姿勢ならよく見える。
 なるほどこれだけでも痛いのか、とまったく他人事の気分でバクラは窪みを慣らしていった。こんなじれったいことなど今までしたことがない、したとしても先ほどのように指二本を突っ込んでこじ開けた後に挿入、が基本である。ここ三日間もそうしていたが、ああ確かに痛いだの何だのと毎回わめいていたと今更思い出した。聞く耳をそもそも持っていなかったし、最終的には痛みを訴えた方もどうでもよくなっていると見受けたので、一切の手加減をしなかったのだ。そしてそのしわ寄せが今ここに来ている。
 手間のかかる前戯をしてやっていると、次第に獏良の方が震えだした。腹においた手がぴくぴくと時折跳ねている。視線の先には、中途半端なフェラチオから捨て置かれた性器が頭をもたげているご様子が見える。
「…てめえですりゃいいじゃねえか」
 語尾に笑いを含んで、言ってやった。
「お留守でサミシイんだろ? この距離だ、何ならオレ様にぶっかけてみるか?」
「そういう趣味、ない、」
「じゃあ我慢してな」
「お、前に、口で、してほしい」
 縁をなぞる度に口元がわなないて、途切れがちになる声で獏良は言った。丁寧にしろとか言ったのはどこのどいつだ、コッチがぞんざいになっても知らねえぞという意味を込めて視線をやると、物欲しげな表情が更に貪欲になった。
「…してほしい」
 繰り返してもう一度。俗に言うおねだりを口にして、獏良が腹から手をのけた。
 卑怯である。ああもうこのままひっくり返して怒張を突っ込んでしまいたい。先に獏良がジッパーまで下げていてくれてよかった、ジーンズの中に密封されていたら、己の息子がどれだけ窮屈な思いをしていたことか。
 いずれにせよ長いこと耐えるのは物理的に不可能だ。お望みどおりにするという選択肢がいちばん手っ取り早い。反論せず、バクラは再び口をねっとりと開いて、物欲しげに存在を訴える性器を先ほどよりも強引に吸い上げてやった。同じタイミングで指の先も中に潜り込ませる。
「ひゃ!?」
 裏返った声を上げて、獏良が全身で反り返った。きっと派手に翻ったであろう髪が見られないのは残念だが仕方ない。
 痛みを与えないようゆっくりと、腫れてきつい内部にローションを塗りこめながら進んでいく。その間に口の中でたっぷりと唾液を絡めて啜り上げる。獏良の好みは熟知しているのだからそう難しいことではない。裏筋を根元から辿り上げ、行き着いた先端を舌の表面でぐりぐりと苛めてやるのが、宿主サマのお気に入りだ。外は強引に、中は手緩く、バクラにしてみればしたこともない、えらく気合の入った前戯だ。こんな面倒くさいことなどもう二度とやってやるものか、多分。
「っふ、あ、あぅ…っ、ゃあ…!」
 つむじの上のほうから降ってくる声は切羽詰った空気が満ちていた。無理もない、バクラがはじめてということは獏良もまた同様だ。慣れない責め苦に目の前の白い腹が過呼吸にへこんだり膨らんだりを繰り返している。肩の上の足裏まで熱い。
「バ、クラ、ぁ、それ、それ、ッ」
 それってどれだよ、と問う口は今忙しい。中か外かくらい申し上げて頂きたいものだ。大分ほぐれて来た滑る内部で指を鍵型にすると、ひときわ高い声でそれも、と甘い強要。それもじゃなくてどれもじゃないのか。口の中の熱の先端に軽く歯を立てても同様の結果だった。
「っ、ぃッう!…っぅ、…ひァっ、あ、」
 甘い声と共に、両手が頭に落ちてきた。指先まで体温を上げたそれが、くしゃりとバクラの髪をかき混ぜる。何を思ってか或いは思わずか、その動きは妙に心地よかった。
 半分以上のローションは獏良の中に流し込まれている。腫れてはいるが柔らかくなった内部は、かき混ぜるとくぷりと潤んだ音を立てた。これならもう一本指を入れても問題あるまい、いや、もういっそ本番をぶち込んでしまってもよいのではないか? そんな企みと共に、そろそろと己の下半身に手を伸ばす。
 だが察したらしい獏良がだめ、とかすれた声で訴えられておあずけ。いつになったら終わるんだこれは。大体いつもならとっくに射精してしかるべき状況だというのに、今回は随分と保ちがいい。
 口に含むでなく舌の先だけで先端をいじってやる分には、顔を上げられる。表情を覗うと、戸惑っているらしい青い瞳と目が合った。
「出したい、」
 のに、と、続いた言葉で納得。
 そういえば今朝もした。夜もした。さすがに出すものがもうないのだろう。普通の高校生が一日に射精する分量を超えてしまっている。
 しかし出してしまいたいほど堪らないのは見て分かる。口元がひくひくと震え、何度か、射精をする時と同じ動きで腰が跳ねた。だが口に叩きつけられるはずの体液はなく、薄い先走りのようなものがわずかに滲むだけだ。
「出したい、ねえ、もう、くるし、」
 全身を小動物のように震わせて、射精をねだる顔はなかなか見ものだった。不覚にも、バクラ自身に熱がこもる。これならもうぶち込んでしまってもいいだろう、ゴムをつけるのもうまくごまかせそうなので一石二鳥である。足で追いやった箱をさりげなく更に蹴り飛ばして、バクラは口元を吊り上げた。腰を上げる。
「宿主、」
 軽く呼んで、腿をぺしゃぺしゃと叩く。痙攣する足を下ろさせ身体をソファから引きずり降ろすことに成功した。力ない獏良の身体をいいように扱って、膝はフローリングに、上半身はソファの座面に押し付ける。こうすれば都合がいい。具体的にはローテーブルの下のコンドームの箱が見えないので大変よろしい。
「なに、まだ…」
 だめ、と、再三のおあずけを指示しようとするところを黙らせる。両手で掴んだ腰、そのすぐ下で突き出させた入口に、宿主サマ自らくつろげて頂いたそれを押し当てると、ひ、と驚いた声と共に言葉が詰まった。いまのうち、だ。
「入れんぞ」
 ついぞ言ったことのない予告を何故か口にしてから、中指と人差し指でこじ開けた入口に性器を押し当てる。
 ぐ、と腰を進めると、今回は白い髪が翻るのがきちんと見えた。
「ん、ぅうう…!」
 苦しげな声と共に、ぎちり。締め付けが強くなる。塗りたくったローションが功を奏して、初日にボディソープを使ったときよりもすんなりと、赤黒い怒張は太い部分までを内部に納めた。反発はきつく、だがいつものような折られそうなそれでもない。柔らかい収縮を望むのはもう少し後だ。
「ば、ばく、ばくら、まだ、いたい、っ」
「これ以上のサービスを要求するなら対価としててめえの口使わせんぞ」
「やだ、それはやだ、」
 フェラチオはあっさり拒否された。少々むなしい。
「だったら大人しくしやがれ。力抜けよ」
「抜いて、る、けど、いた、痛い、あ」
「動かせねえほどじゃねえ。お望みどおり丁寧にしてやったじゃねえか」
 おら、と軽く腰を揺すってやる。ぬぷんとぬめる音と共に、更に性器が潜った。根元まで埋め込むまでにさほど時間がかからないあたり、ローションの偉大さを思い知った気分だ。
「そ、れに、ちゃんと、つけた?」
「…」
 ばれた。
 振り返って箱を確認。何故か手の届かない距離だった。ならば仕方がないということになる。
「なんか、いつも以上に、熱いし、ざらざらする、し、」
 内心のごまかしに重なって、息切れた獏良がなんとか振り向こうと身体を捻っていた。
「何で黙って、んの、ちょ」
 いまさら気がついたらしい、遅いが。
「…してない、の?」
 正解だった。
 答える代わりに強めの突き。摩擦しやすい性器で思い切り、前立腺あたりを突いてやった。
「っひゃ!?」
 裏返った悲鳴で問答は終了。大体あんな面倒なものをいちいちつけてやってられるか、孕む訳でもあるまいしと、以前生でした時にそう言って処刑されたにも関わらず同じことを考えるバクラである。
「あっ、やだ…っゃ、あ…!」
「やだじゃ、ねえだろ、」
 こちらも途切れがちになる声での応対。もう少し力を込めたなら折れてしまいそうな腰は、以前よりもずっと細いし肉もない。手のひらにあたる腰骨の感触が、何故かバクラに幾度目かの舌打ちをさせた。肉付きのいい身体が好きなわけではない、ただなんとなくいやだっただけだ。
 目の前でしなっている背中も、服越しでさえ分かるほどに肩甲骨が皮膚を突き破りそうだった。毎日シュークリーム十個が幸せだといっていたが、これなら実際にそうしても問題ない。かえってその方がよいのではないだろうか。毎晩痩せた身体を眺めるのはいい気分ではない。昨晩も今朝も目にした、あばらの浮いた胸もあまり好きではない。
 あちこち白くて適度に細くて、ふわふわしていればいいのだ。それを抱えて生きるために、わざわざ日本まで戻ってきた。何かを抱えていないと落ち着かないこの空っぽの身体に重しをつけるために、なくなった憎悪の分だけぽっかりとあいた隙間に獏良を詰め込んで、そうしてようやく息が吐ける。こうして身体を繋ぐ度に、確実に、自分は充足している。
 依存するのはたった一人にだけだ。今も、昔も、この白いよくわからない人間が、バクラにとって唯一の他人である。ほかは別にどうでもいい。
 穿ちながらそんなおかしなことを考えていた。いつの間にか獏良はやだだのゴムつけろだのという文句を言うのはやめて、ソファの座面に額を押し付けて震えている。どうやら射精したいらしく、右手が己の下肢に伸びていた。
「また自分で擦んのか?」
 問いかけてやると、気配がこちらを向いた。
「だって、も、苦しい、やだぁ…」
 やだあじゃねえよガキか、と言いたくなる情けない声で、獏良は啼いた。
「いいぜ、好きにやれよ。こっちはこっちで好きにさせてもらうからよ」
「な、中、なかはやだ、あとで、やだ」
「っせえな、じゃあ後始末してやりゃあ出していいってのか?」
 売り言葉に買い言葉で、バクラは苛々とそう言った。終わった後に寝落ちせずに風呂場にでも連れて行って中身を掻き出してついでに身体も洗ってベッドに運べば満足か、違うだろうがと言ってやる。気持ち悪いだのさんざのたまられたことはさすがに忘れていない。
 だが獏良は、首をなんとか捻じ曲げて横顔だけでも振り向くと、生理的に潤んだ眼をバクラに向けて、
「……うん」
「…いいのかよ」
 ますますもってよく分からなかった。
 また話が飛躍している。そうではなくて獏良が自分で手淫をするかどうかということをもともとは話していたのであって――ああもう面倒くさくなってきた。どうでもいいか。
「じゃあ始末はやってやる。から、てめえもう黙れ、マジでうるせえ」
 会話を強制終了させるにはいっとう効果的な行為、すなわち痛いほどの突き上げでもって、バクラは獏良を黙らせた。ひいと情けない声を上げて、また額がソファに沈む。
「あ、あ、ッや、はや、早い、や…ッ!」
 細かい突き上げに弱い身体は、深い箇所で擦り付けるといい声で鳴く。よく知っているので容赦はしない。汗で滑る肌に五指を食い込ませて固定し、あくまでも行為は暴力的だ。まるで這い出して逃げたがるようにソファに爪を立てて、獏良は身体中を震えさせる。体重をかけると、更に悲鳴。ソファの角が具合よく性器に当たったらしい。
「んん、んー…、ッ」
 射精したがる腰を捻って、身体がおかしな方向にずれた。横向きにねじったので、背後からかぶさるバクラから横顔が見える。てっきり手淫に忙しくなっていると思っていた両手は、獏良の口元を押さえていた。理由を考えて、そういえば近所がどうとか言っていたのを思い出した。口の閉まりが悪くなっているのか、既に今更な感じの声が先ほどから間断なく漏れているのだが、どうなのか。
 何故かいらっとしたので、片手を伸ばして腕を引っ張ってやった。あっさり外れた手に気づいて、潤んだ目がバクラを見る。
「だ、だめ、」
「出せよ」
「だから、となり、聞こえ、ッ」
 そのお隣のおかげで、ここ三日間、獏良の理性は飛んでいない。以前は絶叫ともとれる声を上げてはしたなく腰を揺すっていたのに、最近は周りを気にして喉を絞めているようだ。それが気に食わない。そんな余裕がどこにあるというのか。
 腕を引きながら上半身を倒す。近くなる顔、目の前にほのかに赤く染まった耳と髪。それらをまとめて噛んで、バクラは獰猛に唸った。
「いいから、聞かせろっつってんだ」
「ッ――あ!!」
 声か痛みか、引き金になったのか。
 獏良は一瞬泣きそうな顔をして、それから、残った口元の手もそのままに、ひときわ高い悲鳴を上げた。
「あ、ぁぅ、あ、やァ、あ、ダメ、バクラ、ばくら、あッ!」
 そうだそれだ――満足に口元を歪め、バクラは更に意地悪く穿つ。細かい抜き差しと、耳が弱いらしいその耳孔へ故意に息を吹きかける。たまに噛むと、開きっぱなしの喉から甲高い嬌声が迸った。
 こんな声をいつも聞いていた。いや、もしかしたら昔以上に大きな声かもしれない。危惧するのももっともだったかも知れないと思わせるくらいの音量で、今まで押さえていた分全てを吐き出すように獏良は鳴いた。跳ね上がるのを抑制していた腰も開放したらしく、突き上げにあわせて尻が揺れる。座面に擦り付けた頬が歪んで、開いた口から舌が覗いた。だらしない唾液がしみを作って、卑猥だ。
「やれば、ッできんじゃねえか、よ」
 賛辞を投げてやりつつ、動きは緩めない。髪を振り乱して暴れる身体を引き寄せ、つながる箇所を重心に上半身を引き上げる。そのまま腰を下ろせば、膝の上に背後から獏良を抱え込んだ体制になった。そうして深くなる結合に、射精できない身体が激しく反り返る。
「出したい、や、もうでる、バクラ、おねが、お願い、出したい、出して、ねえ、ッ」
 腰を掴む手に獏良の手のひらが重なった。そのまま導くようにして、腹を経由して性器まで届く。完全にそそり立ったそれはいつ暴発してもおかしくない硬さと熱で、握らせたがる手のひらも熱い。
「いかせて、っもう苦し、やだ、擦って、ボクのどうにかして、ねえ、ねえ、ッ!」
 叫ぶ獏良の眼の焦点は完全にずれていた。気持ちよすぎて壊れた表情を、斜め上からしか見られないのが残念だ。
 きれいな顔は台無しだが、バクラの背中はぞくぞくと興奮している。獏良はバクラをけだもののようだと言ったが、この顔だって負けていない。
「ひでえ、ツラ」
 笑いながら言ってやっても、言葉は届かないらしい。肉体言語だけが通用する交わりでは、口など悲鳴を上げるだけのスピーカーに過ぎないのだ。
 導かれた手のままに擦りあげてやろうと思ったが、ふと止まる。そこは自分でやっていただこう――逆に手を掴んで、握らせる。すぐに上下に扱き始めたが、これが自分自身の手だと認識しているかどうかは不明だ。
「も、っと、つよくして、いいから、あ、早く、はやく、ッ」
 やはり、自分の手だとは思っていないらしい。都合がいいのでそのままにしておこう、バクラの手は忙しいのだ。反った胸で硬くなった乳首を可愛がって差し上げなければならない。
 色の薄いそこをきつく摘むと、中の収縮が一気にきつくなった。
「んぁっ、あっ、ひぁ、ぁ!」
 ぐりぐりと両胸のそれを弄くって、上がる声はもうみっともないにもほどがある。あられもないとかいやらしいとかを凌駕した、本能のままの声だった。
 少しばかり、安心する。三ヶ月で獏良は随分とまともになっていた。もう以前のように開け広げた態度などしなくなるのではないかと――それはえらくつまらないことだ、理性をなくして声を上げる姿が何よりも興奮剤になるのだから、今後の生活には欠かせない。しかし、遊戯との会話や近所がどうのなどという態度から危ぶんでいたことは、どうやら杞憂だったらしい。普段押さえている分、はじけると歯止めが利かないようだが。
「バクラ、こん…ひぁっ、こん、な、」
「あァ?」
「こわれ、あ、こわれる、もうわかんな、あ、ああッ!」
 首が外れそうなほど仰け反って、出すものもないまま絶頂の更に上を行く。つりそうな両足を痙攣させて、電気椅子で処刑される罪人よりも激しく、獏良は全身を震わせた。後一歩が足りないらしい、もどかしげな腰つきが痛々しい領域にまで届いている。
「出すモンねえんだろ、何なら溜まるまでこのままでいてやろうか?」
「やだ出したい、こわれる、おかしい、からだおかしく、なっ、ん、あ、や、」
「おかしいのは、てめえだろうが…!」
 喉で唸って、きつく抱え込む。その声にどれだけこちらが煽られているのか、無自覚のいやらしさほど手に負えないものはない。
 短いストロークが更に短縮され、自分の限界が近いことをバクラは悟る。獏良はもう出すものがないが自分はどうやらまだいけるらしい、無駄に性欲満点な身体に今だけ感謝、だ。
「っ、宿主、」
 上がる呼吸の間に呼ぶと、会話など成立しないはずの獏良が、ん、と、返事とも取れる声を上げた。汚れた手を胸元に這ったバクラの手に重ね、ぎゅっと握る。気持ちの悪い行為だが、払いのける気にはならなかった。
 中出しはご法度だと言われていたことを頭の隅で思い出す。が、どうでもいいことだった。第一いま抜いたら泣いて嫌がるのは獏良の方だ。双方の意見が揃ったところで、問題なしの判断を下す。狭い内部を満たしてやるべく、深く腰を穿って、そうして奥の奥に狙いを定めて、バクラは堪えるのを止めた。
「……ッ、く、」
 一瞬息が詰まる。それから、頭のてっぺんから背筋を伝わって尾骨まで電流が走る錯覚。強く押さえ込んで隙間ない身体の内側に、思い切り、溜まった精を叩きつけてやった。
「んくぅ…!ぅ、ひッ…!」
 注ぎ込まれる熱に、振動に、舌を突き出して獏良が悶える。突っ張った両足のつま先がきゅうと丸まって、悶絶。
「ひぁ、あ、あ、あ――…ッ!」
 びくびくびく、と、連続して身体中を震わせて、獏良は仰け反った。重ねた手に痛いほど、手加減なく爪が立てられる。
「は…ッ」
 注ぎ終えて、バクラが息を吐き出す。
 そして、長い間の緊張が一気に弛緩。出すものはないが感覚的には絶頂に達したらしく、精と呼ぶには薄い体液を漏らしながら、獏良の四肢がだらりと力を失った。全ての力が抜け切った身体が、ずしりとバクラの上に預けられる。
 お互いに繰り返す、嵐のような呼吸。意識していなかったがものすごい量の汗をかいていた。フローリングはローションと唾液と汗と精液に汚れ、ソファなど見る影もない。洗濯して落ちるだろうかと疑問の声を上げたくなるほど、淫靡な体液を吸ってべちゃべちゃだ。
「っ…おい、やど、ぬし」
 生きてっか、と問うと、ひゅうひゅうという喉が鳴る音で返事をされた。死んではいないらしい。
 呼吸が整うまでに時間がかかる。それまでは指一本動かすのも億劫だ。後始末をしてやらなければならないんだったか――面倒くさい約束をしてしまった。さすがに風呂で始末をしてやりつつもう一戦、という元気はない。夜して朝して昼間動いてまた夜もしたのだ、なかなかの記録だと思う。過剰なセックスは身を滅ぼすかもしれない。
 不意に、こつ、と、顎近くに軽い衝撃を感じた。湿った髪が肌にくっついてくる。獏良のこめかみあたりが、顎の側面に押し当てられていた。
「なん、だよ」
「んー…」
 うろんな声でさえ頭にすこし、響く。
 首をずらすと肩口あたりに、獏良の後ろ頭が落っこちた。互いに見上げて見下ろして、視線が合う。ちょうど朝目が合ったときのような温い感覚が、確かに二人の間にあった。
「…なんだよ」
 もう一度問うてやると、ふにゃり。そう表現するのがいっとう相応しい形で、獏良が笑った。
「ね、」
「あん?」
「しあわせ?」
 ああそういえば、そんな話から始まったんだったか。
 気だるい息を吐きながら、バクラはぼんやりと思った。
 シュークリームを毎日十個食べて、てきとうにだらだらして、傍にバクラがいることが獏良の幸せ、らしい。
「ボクはね、しあわせ」
 今までで、いちばん。
 とろけてなくなってしまいそうな笑みを浮かべて、バクラが宿主と呼ぶ彼はそう言った。
 ならば自分はどうだろう。
 獏良が居てセックスができてそこそこ美味い飯が食える。他にやることは何もない。何かを計画してその目的の為に全てを犠牲にすることもなければ、誰かを憎むこともない。正直、ほんの少しだが、物足りなく思う。今まで生きていた環境とは、運命とは何もかもが違う生活をこれからずっとしていくのだろう。ただの退屈な、日常というものを。
 そんな日常の中で、獏良がふやけた笑みを浮かべて、
「お前、しあわせ?」
 なんて聞いてくる。
 答えようと口を開きかけて、止めた。
 答えてやるのはなんだか癪だ。はぐらかして、唇に噛み付いておいた。
 うっとりと、目の前にある長い睫が伏せられる。眠ってしまいたいらしい、脱力しきった細い身体が、更に力なく預けられる。もやしっ子の体重などにびくともしない腕で獏良の頭をくしゃりとかき混ぜて、バクラは瞑目した。
 ――決して、それこそ死んだって口に出してなんかやらないけれど、

(そうだ、)

 たぶん人生は、上々だ。